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聖書の奇跡

聖書の奇跡

目 次
その一 奇跡とは
その二 聖書と奇跡
その三 漁師を弟子にする
その四 百人隊長の僕をいやす
その五 ヤイロの娘とイエスの服に触れる女
その六 らい病を患っている人をいやす
その七 中風の人をいやす
その八 手の萎えた人をいやす
その九 水をぶどう酒に変える
その十 突風を静める
その十一 悪霊に取りつかれたゲラサの人をいやす
その十二 ゲネサレトで病人をいやす
その十三 湖の上を歩く
その十四 二人の盲人をいやす
その十五 口の利けない人をいやす
その十六 大勢の病人をいやす(マタイ)
その十七 多くの病人をいやす(マルコ)
その十八 汚れた霊に取りつかれた男をいやす
その十九 五千人に食べ物を与える(マルコ)
その二十 耳が聞こえず舌の回らない人をいやす
その二十一 四千人に食べ物を与える
その二十二 ベトサイダで盲人をいやす
その二十三 汚れた霊に取りつかれた子をいやす
その二十四 盲人バルティマイをいやす
その二十五 復活する
その二十六 やもめの息子を生き返らせる
その二十七 安息日に水腫の人をいやす
その二十八 重い皮膚病を患っている十人の人をいやす
その二十九 役人の息子をいやす
その三十 ベトササダの池で病人をいやす
その三十一 五千人に食べ物を与える(ヨハネ)
その三十二 生まれつきの盲人をいやす
本文
聖書を読み最も気になるのが、奇跡だと思います。聖書は、奇跡のオンパレードです。奇跡なくして、聖書は成り立ちません。
福音書の奇跡を取り上げたのですが、大部となりますので二部冊にしました。目次は、両方に記載しておきます。

 

その一 奇跡とは
奇跡とは何でしょう。まず、最初に辞書を引いてみましょう。ウィキペディアには、「(奇蹟、きせき、とは、人間の力や自然現象を超えたできごと。神の力などとされ宗教と結びついていることが多い。
旧約聖書でもモーセはさまざまな奇跡を行ったと記述されている。キリスト教のうち、正教会、カトリック教会、さらに聖公会・プロテスタントの内の福音主義は、キリストの処女降誕、キリストの肉体的復活など、キリストの生涯における出来事を超自然的な奇跡が起きたとする。
それに対し自由主義神学系の聖書学者は、それら奇跡を認めず、信仰上のイエス・キリストと史的イエスとを分離するアプローチを可としている。)」

 

旧約聖書にも新約聖書にも多くの奇跡が出てきます。
「奇跡、そうなんだ、神様がおられるから奇跡があってもおかしくはない。」で済ませれば一番良いのですが、わたしの気持ちはそれで済まないのです。
ただ、言えることは、創造主がおられてこの世界が創造主の摂理の中で運行しているから奇跡があるので、創造神がいない進化論の世界では奇跡はないといえます。

 

やはり本当にあったかどうか知りたいと思うのが人情です。自分なりに落とし所を探ってみたいと思います。
旧約新約とも奇跡のオンパレードです。
病を癒す、嵐を静める、水の上を歩く、死んだ人間を生き返らせる、大きな川の流れをせき止める他多数の奇跡が記されています。
もちろん、究極の奇跡はイエスの復活です。死んだ人間は生き返るのですからとんでもない奇跡です。

 

自然の力を支配した人の話は、聖書でなくても、ギリシア・ローマ、あるいは東洋の神話や伝説にもあります。
だから、これらの出来事は、現実に起こったことではなくて、後からイエスの復活を信じた教会が神話や伝説をもってきて、こしらえたものだという見方があるということも承知しています。
聖書学者の方の中にも、旧約聖書には古代エジプトやバビロニア、あるいはギリシア・ローマの神話や伝承が組み込まれていると発表されている方もおられます。

 

ただ言えることは、イエスも福音書の記者たちも、神話や伝説と思われる箇所も含め旧約聖書に記されていることを全て事実であると信じていたということです。
一つ一つ取り上げて、これは信じるけれど、これは信じないと言うことは無いのです。

 

世界の神話や伝承が、わたしたちが今手にしている聖書の背後にあるということですが、どこで読んだか忘れましたが、その神話や伝承も何かの事実としての出来事があってそういうものが長い時間をかけて現在の形に作られたと聖書学者が書いていました。
神話や伝承もまるっきり嘘ではないと言うことです。

 

ところが、驚くべきことに、そうして出来上がった旧約聖書(モーセの律法と預言者の書と詩編)が、イエスの出来事、十字架と復活を指しているのです。
そうであるならば、イエスの出来事、十字架と復活が事実なら、そのために旧約聖書が書かれたと言うことですから、新約聖書も旧約聖書も事実だということになります。

 

わたしは思うのです。人類の誕生以降今日に至るまでのすべての出来事、人類の歩みの背後には創造神の働きがあると思うのです。
創造神がおられるならば、この人類の歴史に創造神の何らかの働きかけというか介入の痕跡あるいは現象があるはずだと思うのです。
私はその痕跡あるいは現象が聖書でありイエス・キリストだと思うのです。
そう、それはイエスの御霊、神の知恵の働きだと思うのです。

 

その中で、アブラハムから約2000年にわたるイスラエル民族を用いてのイエスの十字架と復活と聖霊降臨に至るまでの出来事は、創造神による全人類救済の働きの先駆けだと思うのです。

 

イスラエル民族は、その神の働きを神の知恵としてしっかりと受け止めて、旧約聖書の中で知恵文学(ヨブ記、箴言、伝道者の書、詩篇の一部)として発展させています。

 

聖書によれば、この世は神が自然法則を用いて支配されています。
そして、奇跡も神の御業ととらえています。
ですから、奇跡は創造神の自然法則によらない一度きりの創造神の御業ということです。
イエスも、父なる神の力を持って奇跡(業)を起こされています。弟子たちも、聖霊の働きによって奇跡(業)を起こされています。

 

旧約聖書は約1000年以上をかけて作られ、その著者は多数に上ります。
各書の著者は、時代が違い場所が違いお互いに連絡を取り合えることもできないのに内容は一つのことを指しているのです。
そうイエスの十字架と復活を指しているのです。
もし、旧約聖書の著者をあえて一人上げるならば、何千年と言う時代を超えて見渡せる神しかおられないと言えます。

 

その上で絶対的に言えることは、その流れの終着点であるイエスの十字架と復活と聖霊降臨がなければ、いまのキリスト教は存在しないと言うことです。
キリスト信仰はそういう意味で復活信仰ともいわれています。
キリスト信仰成立で中心的な働きをしたパウロは、復活のイエスに出会って信仰を持ったのです。

 

だから、この三つの出来事(イエスの十字架と復活と聖霊降臨)はイエス・キリストを信じる者が起こされている限り事実だといえます。
それに、イエスを信じた、あるいは信じている民(もちろん、イエスの言われた言葉も、なされた出来事もすべてを信じている民)が世界人口の三分の一以上いるのです。この2000年間に命をかけてイエスの言葉を信じて死んでいった人も大勢いるのです。
復活のイエスに会ったと言う方もおられます。

 

マザーテレサは走る列車の中で復活のキリストの声を聞いたのです。
その声は、「マザー、人生の落後者の中に入って神に仕えることを通して神を発見せよ。」です。
その後、マザーはその声に一度の疑いも持たずに生涯をキリストにささげられたのです。

 

もちろん、マザーの生涯には、キリストが共におられ支えておられたのは明らかです。それはまさしくキリストの弁護者聖霊の働きです。

 

この2000年間にキリストの福音を信じて命をかけて信じて死んでいった人たちは、少なくともイエスを神と信じて洗礼を受けたのです。
この現実(歴史上の事実)は、聖書に記載されていることが、荒唐無稽と笑って無視できるほど簡単なことではありません。

 

あなたは、その何十億と言う民の信仰はたわごとで、無意味なことを信じた愚か者と言い切れますか・・・。
そういう事実が真実でなくて何が真実なのでしょう。
そういう事実があるから、聖書の言葉が今でも現実に働いているといえるのです。

 

イエスの霊は、旧約聖書の真の著者である神の霊と同じです。
イエスは「聖書(旧約)は実現しなければならない/必ず実現する。」と言われました。

 

また、その旧約聖書に書かれた預言通り行動され、その通りに実現しました。イエスは、奇跡(業)を見せて、ヨハネの福音書第10章37節「もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてもよい。」
同38節「しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じなさい。そうすれば、父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう。」と言われたのです。

 

イエスは、奇跡は(業は)神から来るものだから、その奇跡(業)を行うわたしの言っていることを信じなさいと言っておられるのです。
だから、奇跡(業)が作り話ならば、イエスの言葉も嘘になります。そうであれば、キリスト教は成り立ちません。
キリスト教がなければ、この世界の様はずいぶんと変わっているでしょうね。
近代科学を産んだ欧米文化が存在するかどうか怪しいものです。

 

イエスが復活される前は、弟子たちは互いに「この人はいったい、だれだろう?」と言い合っていました。
彼らはイエスを通じて行なわれる出来事を見て恐れました。
弟子たちはイエスといつも一緒にいるのに、「まだ信仰がないのか?」とイエスに叱られました。

 

それは、イエスと共に働いている神の霊、聖霊を見ること、イエスの真実の姿を見通すことができなかったのです。
イエスの内に働く聖霊の働きが、弟子たちを始め人間に認知されるのは十字架と復活以後のことになります。
聖霊の働きが弟子達に認知されたから、新約聖書が出来上がり、キリスト教が成立し広まったのです。

 

キリスト教は言葉の宗教であり聖霊の宗教です。神の言葉は実現すると言う信仰を持っています。
だから、問題は聖書の御言葉が現実に今もなお働いているのかと言うことがカギとなります。
聖書の言葉が今でも現実に働いているのならば、聖書(旧約も新約も)は真実神の言葉だと言うことになります。

 

でもね、事の真偽は、学問的に否定もできなければ、肯定もできないと思うのです。それらの出来事が日常の常識に反しているからという理由だけで否定はできないのです。

 

なぜなら、現在でも現実にわたしたちの常識に反する出来事がいくらでも起こっているからです。
イエスは言いまいた。ヨハネの福音書第14章6節「イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」

 

この聖句を読むと、キリスト教とはイエス自身のことであると言えます。
このようなことは、ほかのどのような既成宗教にも見られないことだと思います。まねもできません。他の宗教は儀式や教義に基づいていますが、キリスト教は永遠にわれわれと共にいる生きるキリスト御自身に基づいているのです。これこそ、まことの奇跡と言えないでしょうか。

 

イエスは、自分で書いたものを一切残されませんでした。
それは、イエスの御霊、聖霊がわたしたちと共に、わたしたちの内にいてわたしたちを通して働き続けられるからと言えます。
イエスは、言われました。マタイの福音書第28章20節「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」・・このようなことを言えるのは、神のみです。
事実、イエスは聖霊という弁護者(ヨハネの福音書14章15節から)をこの世に送り、キリスト者と共に何時もおられます。

 

最後に、ほかの宗教にも奇跡がありますが、キリスト教と違うところは、ほかの宗教は信仰があって奇跡があるのです。
キリスト教は復活も含めて奇跡があって信仰があるということです。
したがって、ほかの宗教は奇跡が無くても人間教祖がいれば成り立ちますが、キリスト教は、イエスの死からの復活を含め奇跡がなければ成り立ちません。

 

その二 聖書と奇跡
それでは聖書の奇跡を見てみましょう。
マタイの福音書の8章と9章には、イエス・キリストがなさった様々な奇跡がまとめられています。

 

その数々の奇跡の最後に語られているのは、9章33節に、それを見た人々の反応が語られています。
「群衆は驚嘆し、『こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない』と言った」のです。

 

しかし、イエスを非難するファリサイ派の人々は、「あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言っていますが、ファリサイ派の人々はイエスの奇跡を認めたくない人々ですから、その人々の非難は、逆にそれによって奇跡が行われたことが事実であることを認めていることになります。

 

なお、これらの反応は、9章32節の「口の利けなかった人」の癒しだけでなく、「おびただしい病人をいやし」「ありとあらゆる病気や患いをいやされた」(マタイの福音書4章23節以下)などイエスの奇跡のみ業の全体に対する人々の反応がここに記されているのではないのではと思うのです。

 

解説にはこの事態(イエスの奇跡を見て群衆が驚嘆した)を、イザヤ書第35章5節と6節のイザヤのイスラエルの栄光が回復した時の預言である「そのとき、見えない人の目が開き聞こえない人の耳が開く」6節「そのとき、歩けなかった人が鹿のように踊り上がる。口のきけなかった人が喜び歌う。」の成就をその預言を知っていたイスラエルの人々が見たのではないかとも書かれていました。

 

ということで、今を生きる我々も二者択一の世界に生きているのです。
「御国の福音」を聞いてその福音の言葉を信じるか否かが問われることになるのでしょう。

 

それでは本題「聖書と奇跡」に入りますが、その前に、聖書で言う奇跡とは何でしょう。
旧約新約とも奇跡のオンパレードです。
病を癒す、嵐を静める、水の上を歩く、死んだ人間を生き返らせる、大きな川の流れをせき止める他多数の奇跡が記されています。
もちろん、究極の奇跡はイエスの復活です。

 

イエスが行う数々の奇跡は、聖書の論理では、それはイエスの父なる神への信仰によってなされたと思います。

 

イエスと神は聖霊によってその意識が一体の時、イエスが発する言葉により奇跡が行われたといえます。
その力は、父なる神から来ている。
前にも書きましたが、言葉には発する人の思いがこもっていますから、思いは力と言う意味で、神の言葉が奇跡を起こす力となるのだと思います。

 

イエスはよく祈って神との意識の一体化に努めておられました(ルカの福音書第6章12節他)。

 

つまり、奇跡とは、その祈りがもたらす信仰状態、聖霊の働きを通じて、全能の父なる神の力がその人に現れたもの、ということができるかと思います。
そのことを示している次の聖句があります。

 

「はっきり言っておく。子は父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父のなさることは何でもその通りにする。」(ヨハネの福音書第5章19節。)
「わたしを信じなくても、その業(奇跡)を信じなさい。そうすれば、父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう。」(ヨハネの福音書第10章34節)。

 

父は神のことですから「父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいる」と言うことはイエスと神は一体だと言っていると思います。
逆にいえば、一体のときに奇跡が行われるのです。

 

何を持って一体かと言いますと、もちろん、み言葉に力があるのですから、み言葉、つまり神の言葉を共有することで一体となると言うことだと思います。イエスはその神の言葉であり、イエスは神の人間に対する意志だと言うことだと思います。

 

マルコの福音書第16章17節に「信じる者には次のしるしが伴う。・・・病人に手を置けば治る。」というイエスの弟子たちに対する約束の言葉があります。イエスを信じたら病気を癒すような奇跡も行えますと言っておられます。
イエスと神は一体だからイエスとイエスを信じる者が一体ならばイエスを信じる者も奇跡を行えるということでしょうか。

 

こうしてみると、癒しの奇跡ができるのは、イエスの約束の言葉を受け入れて、聖霊がその人に内住し、完全にその人を支配し、神との意識の一体化ができている状態のときといえるのではないでしょうか。

 

もちろん、この場合も、み言葉つまり神の言葉を共有することで一体となるということです。

 

詳しく書けば、み言葉は聖書の言葉{言い換えればイエス・キリストそのもののこと}ですから、聖書を読むと、読む者に聖霊が働かれて、み言葉の真理をその人に示し、読む者に働き、神と聖書を読む者は一体となるのです。
これはキリスト教の神秘です。

 

そんな馬鹿な、と言う方もおられるでしょうがこれは事実であるとわたしは思っています。
現在でも世界を見渡せば、キリスト者によりこのような病気のイエスのみ名による癒しの奇跡が現実に行われていると聞きます。

 

奇跡についてではないのですが、祈りについて次のようなみ言葉があります。
ヨハネの福音書第15章7節「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものは何でも願いなさい。そうすればかなえられる。」

 

言葉には、言葉を発する人(あるいは神)の思いが込められています。それはエネルギーであり、人を動かす力にもなります。
イエスの言葉が内に留まるというのは、その言葉の含むところのイエスの思いがその人に中に留まっている、ということになる。

 

そうすると、その人はイエスの意識でもって言動するようになる。
そうなったら、その人の望むものは何でも祈り求めたら与えられる、ということになる。

 

この聖句によれば、クリスチャンであれば誰でも祈り求めれば叶えられることになりますが、現実は、祈り求めても叶えられないことが多い。
その理由は、おそらく自己中心的な願いをしているか、イエスの言葉が十分にその人のうちに留まっていないか、願いをかなえる時ではないということになります。

 

つまり、御心に叶わない祈りは聞かれないということでしょう。
このような聖句もあります。
マルコの福音書第11章24節「だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」

 

祈って御心に合っていれば既にかなえられたと信じなさい。ということは、神が決められたことは必ず成るということです。
ただ、時期が書いていないので祈りをかなえるにしても神の時があるのでしょう。

 

マルコの福音書第6章5節「そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。」
マタイの福音書 第13章58節「人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。」

 

コリントの信徒への手紙一 第12章10節「ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています。」

 

これらの聖句を読むと、イエスでも奇跡を行えない場合があるのですが、それはマタイの福音書 第13章58節によれば、信仰のないところに奇跡は行えないと言うことです。

 

そうですね、父なる神を信じていない人がいくら祈っても一方通行で御言葉を父なる神と共有できていませんから、神の力と言いますか御言葉の力がその人に働かないと思いますので、イエスは十分な力を発揮できないのでしょう。
つまり、地上にいる人間イエスは、神と一体でなければ奇跡を起こせないのでしょう。

 

また、コリントの信徒への手紙一 第12章10節によると、イエスを信じる使徒たちにおいても、奇跡をおこなえる力はその人に与えられた賜物ですから、誰でもが奇跡をおこなえるわけではないのです。
だから、クリスチャンが祈って祈りが聞かれなくても、奇跡を行えなくても落胆する必要はないということです。少しは慰めになるかも知れません。

 

最後にC.Sルイスの奇跡についての言葉を紹介します。
「実際、奇跡を経験する為の条件は、ふたつあります。まず、われわれは、自然の正常な安定性を信じなくてはなりません。
つまり、感覚から与えられるデーターは規則的な形にしたがって繰り返される、という認識が必要なのです。
第二に、われわれは、自然を超えたところに何かが実在すると、信じなくてはなりません。その両方がそろったとき、初めて、・・・・。そのような超自然の実在に対する信仰は、経験によっては、正しいとも、誤っているとも証明することはできません。」

 

わたしたちには、経験において知識を得ます。奇跡は超自然の出来事です。
超自然の出来事(奇跡)は何度も起こるものではありませんから、経験による知識もありません。
したがって、自然を超えた存在(神)を信じなくては、つまり神を信じない無神論者には奇跡を経験できないということでしょう。
つまり、神を信じる者がこの出来事は奇跡だと言ったとしたら、それが本当に奇跡かどうかは経験では証明できないと言うことだと思います。
奇跡は、超自然現象は神がなさることです。

 

それでは、次から福音書の奇跡を一つずつ取り上げて私なりに解釈してみたいと思います。

その三 漁師を弟子にする
聖書箇所は、ルカの福音書第5章1節から11節です。
共観福音書の並行箇所は、マタイの福音書第4章18節から22節/マルコの福音書第1章16節から20節です。
ルカの福音書第5章1節から読みます。
●1節.イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。
●2節.イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。
●3節.そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。
●4節.話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。
●5節.シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。
●6節.そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
●7節.そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。
●8節.これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。
●9節.とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。
●10節.シモンの仲間、ゼベダイの子ヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」
●11節.そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

 

一般に、ルカの福音書の著者はマルコの福音書をよく知った上で書いていると言われています。
それは、ルカの福音書は、その内容も順序もほぼマルコの福音書と似ている所から来ていると思います。

 

ただ、上記の記事の位置について、マルコの福音書はこの記事をイエスのガリラヤ伝道のすぐ後に置いて、カファルナウムでの働きの前としているのに対して、ルカはナザレで受け入れられなかった記事やカファルナウムでの汚れた霊の男を癒す記事の後に置いているように用い方が違うのです。

 

マタイの福音書ではガリラヤでの伝道で、多くの病人を癒す前に置いています。
ペトロ(本名シモン)の一家はカファルナウムに住んでいて、イエスが会堂で教えられた後、ペトロの家に入り、彼のしゅうとめの高熱をいやしておられます。

 

また、イエスはペトロの家に何日間かとどまり、多くの病人をいやしておられます。
ルカの福音書の順序では、ペトロが弟子として召されたときには、ペトロ(シモン)はすでにイエスの多くの働きを目の前に見ており、イエスのことはよく知っていることになります。

 

マルコの福音書では、ペトロの家での働きの前ですからペトロはイエスのことをよく知らなかったことになります。
このことを前提にして聖句を見てみますと、8節とか11節のペトロの言葉「そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。」が余りにも唐突なので、これをどのようにとらえるかいろいろと解釈されているようです。

 

わたしもそのことについては以前から不思議に思っていました。
しっくりこないのですね。
唐突なのは、通常誰でもが思いつくことは、ペトロらは、イエスのことを既によく知っていたということでしょう。

 

そこに至るまでの過程が省略されているから唐突に思えるということです。
もちろん、もともとペトロに真理を求める素養があって、イエスを師とひそかに仰いでいたところに、御霊に満たされたイエスの神的なカリスマ性に圧倒されて、さらにイエスのなされた奇跡を見て、イエスの召命に躊躇なくついて行ったという見方も否定できません。

 

しかし、自分自身を振り返ると、わたしは凡人で罪深い人間ですから、召命を受けたと思えば躊躇なくすべてを捨てて付いていけるか疑問に思うのです。
それはおかしいのでしょうか。
わたしなど、イエスの神的なカリスマ性に触れれば、逆に恐れを持ち萎縮してしまうと思うのです。

 

もし、ペトロが躊躇なくついて行ったのが事実ならば、そのことについてもう少し説明があってもよいのではないでしょうか。
生活のすべてを捨てて、つまり家族とか家とか財産、それに仕事もですが、全てを捨ててついて行くには聖書の描写ではちょっと弱いような気がするのです。いかがでしょうか。

 

それに、真理を求める素養、知的な素養となると、漁師のペトロに、当時としては教養のない社会的底辺層のペトロに、それが当てはまるか疑問があります。
もうひとつの解釈として、この場面はもっとずっと後の、イエスが十字架にかけられた時、故郷に逃げかえった弟子たちに、復活のイエスが現れた場面を記していると言う見方もあります。

 

つまり、ペトロの召命は復活されたイエスの召命だという見方です。
福音書はイエスの生前の働きを時系列に並べているのではなく、イエスと言う人物は何者かということを、イエスの出来事をもって著者は語っているとする見方です。

 

そうすると、ペトロの召命に唐突感はなくなります。
そうでしょう、ペトロが十字架後三日目に復活されたイエスに召命(二回目になりますが)を受けたのなら、ペトロは生前のイエスをよく知っていましたのでこの記事も唐突でなくなると思うのです。
ペトロは実際に復活されたのを見て、改めてイエスの言葉に確信を経て召命を受けたのでしょう。
そうれあれば、8節の「わたしは罪深い者です。」といったペトロの言葉も納得できます。

 

なぜなら、ペトロは、生前にイエスに離反を予告され(ルカの福音書第22章31節から)それに対し強く否定していたのに、イエスが逮捕された時にイエスの仲間だと言われて、自分が巻き添えを食うのを恐れてイエスを知らないと三度言ってイエスを裏切っている(ルカの福音書22章54節以降)からです。

 

どちらにしても、「わたしは罪深い者です。」(8節)とか「そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った」(11節)というのは、あまりにも不自然で唐突ですが、イエスが逮捕されたのち、故郷であるガリラヤに逃げ帰っていたペトロが、イエスの復活と言う驚くべき事態に遭遇して、語った言葉で、その上でそういう決心をしたのなら容易に理解できます。

 

ですからわたしは、弟子たちは復活したイエスの召命を受けて、そこで初めて生前のイエスの言葉の真実を知り、すべてを捨てて改めてイエスの言葉に従う決心をした、と理解すべてはないかと思うのです。
全てを捨ててですよ、仕事も家族も財産も知人も友人も捨ててですよ。
自分の生涯をその人に委ねるのですよ。

 

本当にイエスと初対面ならば、そのことを実行に移すには、相当な覚悟と準備期間が必要です。少なくとも、わたしのような凡人にはできがたいことです。
次に、ルカの福音書10節のイエスがペトロに言われた言葉、「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」というイエスの言葉を考えてみます。

 

「恐れることはない」とイエスはペトロに言われました。
これは復活のイエスに遭遇したペトロの驚きにイエスは冷静になるように言われたのでしょう。

 

聖書では、このような言い方は、圧倒的な神的存在の顕現に接して恐れに陥っている人間に向かって、つねに最初に語りかけられる言葉だと言うことです。
また、10節の「今から後、あなたは人間をとる漁師になる」という言葉も、復活されたイエスの言葉とすれば納得できます。

 

自分がいなくなった後は、お前がわたしの言葉を伝道することになるということですからね。
初対面の召命でしたら、「今から後」という言葉は、今までと違ってこれからは・・・と言う意味を持つと思いますのでしっくりきません。
この話は、ヨハネの福音書の21章8節(イエスの復活物語)と同じことを言っているのだと思います。

 

何度も書きますが、福音書はイエスの伝記ではなく、弟子たちの信仰告白と言えますから、時系列に物語が並べられているわけではないのです。
弟子の言葉でイエスを語っているということでしょう。
著者が、イエスに起こった出来事を用いてイエスとはどういう人かということを語っている文書なのですね。勉強になりました。

その四 百人隊長の僕をいやす
聖書の箇所は、マタイの福音書第8章5節から13節です。
共観福音書の並行個所は、ルカの福音書7章1節から10節です。
マタイの福音書に沿って読んでいきたいと思います。
マタイの福音書とルカの福音書は基本的には内容は同じですが、状況の説明は少し違っています。
違っている個所は、病気で苦しんでいるのは、マタイでは百人隊長の僕、ルカでは部下です。

 

どちらにしても、百人隊長の切実な願いからすると、その僕は百人隊長にとって大切な存在なのでしょう。
ほかには、マタイでは百人隊長自身がイエスのもとに来て子供の癒しを願っていますが、ルカではユダヤ人の長老たちを使者にたてイエスに中風の癒しを願っています。

 

マタイの福音書8章
●5節.さて、イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、
●6節.「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」と言った。

 

ローマ軍の百人隊長が、ユダヤ人である中風の僕の癒しをイエスに懇願します。
よほど大切な僕であったのでしょう。
なぜ大切かは書いていませんが、ルカの福音書第7章5節では、ユダヤ人の長老は「・・わたしたちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです。」と言っていることから明らかです。

 

なお、百人隊長というのはローマの軍隊の中の地位ですが、必ずしもローマ人とは限らず外国人であることもあると言うことです。
しかし、ローマ軍の百人隊長ですから、ユダヤ教以外の異教の人です。
その人たちもイエスがなされる御業を見て、イエスを信じていたのです。
僕はユダヤ人でしょうから、百人隊長は、ユダヤ人に対し、好意的であったのでしょう。

 

●7節.そこでイエスは、「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われた。
●8節.すると、百人隊長は答えた。「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。

 

ここの「わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません」という言葉も、マタイでは百人隊長自身に、ルカでは百人隊長の友だちに言わせています。百人隊長は、謙虚で神を恐れる人です。

 

●9節.わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また、部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」
ここの百人隊長の言葉の真意はおそらく、「わたしの部下は、わたしに与えられている権威によって、わたしの言葉一つでその通りにします。

 

まして、あなたは神から遣わされた救い主です。あなたがひと言葉を発して下さるならば、わたしの大事な僕は癒されます。」ということでしょうか。
百人隊長は自分の軍人としての権威よりイエスに言葉を求めたのです。
イエスは父なる神と神の言葉を共有されておられるのですから、イエスの言葉は神の言葉です。神の言葉には、神の思いとその思いを実現する創造の力があります。創造主ですから当然です。

 

●10節.イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。

 

「イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。」というイエスの言葉は、百人隊長とユダヤ人を比較して、百人隊長の信仰を褒められたのでしょう。

 

状況から見ると、おそらく、この百人隊長は異邦人(ユダヤ人以外の人)であったのでしょう。マタイの福音書はそのことを言いたかったのではないでしょうか。百人隊長の信仰を強調したのは、ユダヤ人に対する当てつけのように思われます。

 

それでは、この10節の「わたしはこれほどの信仰を見たことがない。」の異邦人の百人隊長の信仰はどのような信仰なのでしょうか。
百人隊長は、「主よ、(たしかに)わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません」と言って、自分が資格のない者であることを認めて、神の前にへりくだっています。

 

そして、大切な僕を癒してほしいと言う切羽詰まった状況から、自分の身分も投げ捨ててイエスにすがっています。
百人隊長の懇願に対するイエスの答えは、「わたしが行って、いやしてあげよう」といわれましたが、百人隊長はその答えに対し、マタイの福音書8章8節で、「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。」と答えて、イエスが家に来られるのを断わっています。
すぐに来てほしいと思うのが普通なのに何か不自然です。

 

不自然ですが、そこにはイエスを家に迎えなくても癒しがなされると言う、百人隊長の強い信仰をも見ることができます。
が、同時にユダヤ人であるイエスが異邦人の家に入られることに気を使っている(当時ユダヤ人は汚れを受けないように異邦人の家に入るとか食事を共にすることを避けていましたので)と理解することもできます。

 

それでも百人隊長が僕の癒しをイエスに切に願ったのは、自分がイスラエル人ではないので、イスラエルの民に約束された神の祝福を受ける資格のない者であることを知っていて、イエスを通しての神の恩恵は無条件で、つまり、ユダヤ人異邦人の区別なく注がれるものであることを信じていたと言うことになります。

 

百人隊長の信仰、すなわち、イエスが神と一体として生きる者として、神の恩恵を無条件に、つまり異邦人にもイスラエル人にも公平に恩恵を与え、病気や悪霊までを従わせる権威ある神の言葉を持っておられる方であると信じた信仰を見てイエスは、「イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」と称賛されましたのでしょう。

 

●11節.言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。

 

10節のような信仰をもつ百人隊長をモデルとして、神に選ばれたあなた方でなく、いつか、異邦人(イスラエル人以外の人々)が救われて祝福されるとイエスは預言されます。

 

●12節.だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」

 

11節の「東や西から大勢の人が来て」の大勢の人とは異邦人(ユダヤ人以外の人)のことを指すと思いますので、異邦人が天の国の宴会の席に着き、「御国の子らは、外の暗闇に追い出される」ですから、本来神の民として選ばれているユダヤ人が外の暗闇に追い出されるということになります。

 

ここの「御国の子ら」と言うのはイスラエル人とすれば、イスラエルは神に選ばれた民として、自分たちだけが御国の約束に与れる者であると自負して、イエスを終末に顕れるメシヤだと信じないで拒否しているので、その不信仰を責めておられることになります。

 

●13節.そして、百人隊長に言われた。「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。」ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた。

 

イエスは「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように」と言われた同時刻に、この百人隊長の僕は癒されたのです。

 

なお、ここでイエスはイスラエル人を厳しく批判していますが、その批判の対象はイスラエル人全体ではなく、自分たちに都合よく律法を解釈して独占してきた、特権階級、指導者層だと思います。

 

現在に生きる、クリスチャンもキリストを知ったからと言って、独善的な聖書解釈をして世間から目をそむけていれば、イスラエルと同じ目に遭わないとも限らないと思います。
今を生きるわたしたちに対する警告と受け止めたいと思います。

その五 ヤイロの娘とイエスの服に触れる女
聖書個所は、マルコの福音書第5章21から43節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書第9章18から26節/ルカの福音書第8章40から56節です。
マルコの福音書に沿って読んでいきたいと思います。
投稿文は二回に分けて、この投稿文(1)では34節までを読みます。

 

マルコの福音書第5章
●21節.「イエスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。」

 

イエスが再びガリラヤ湖の西側に戻ってきました。
そこには、すでに大勢の群衆が集まっていました。

 

●22節.会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、

 

ユダヤ教会堂の管理者ヤイロがイエスに懇願しています。
会堂管理者は、単に会堂という建物を管理していたのではなく、律法学者のように、トーラを管理していた者でもあるということです。

 

したがって、会堂管理者たちもイエスに敵対していたと思いますが、ヤイロという会堂管理者の娘が病にかかり、今にも死のうとしているのです。
ヤイロは今までに娘の病を治そうと手を尽くしてきたがどうにもならなかった。自分の娘の病を治すことのできるのは、イエスだけであることを知っていたし、藁にもすがりたい気持であったと思います。

 

そこで、イエスのところに来て、いっしょうけんめい懇願しました。
ヤイロにとっては、イエスを敵視するユダヤ教の会堂管理者という立場と、イエスを信じる信仰に挟まれてさぞここに来るまでに苦しんだでしょう。
でも、神はヤイロの背中を押されました。

 

いまは自分の立場よりも娘のことを優先してイエスに懇願しているのです。
このように、神は、非常にきびしい状況を通して、人をご自分に近づけようとされると受け取れます。

 

●23節.しきりに願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」

 

ユダヤ教会堂は、ユダヤ教社会に生きる人々の生活の中心でした。
そこは、信仰生活のための施設であるだけでなく、裁判所であり、学校であり、役所でもあったと言うことです。

 

そのユダヤ教の会堂の運営を司る「会堂長」という地位は、おそらく、地域社会で尊敬される名誉ある地位であったのでしょう。
ヤイロもそのような「会堂長」の一人として、人々から尊敬される信仰生活を送っていたのでしょう。
そのような彼が、自分の幼い娘がいまにも死にそうな状況においてイエスの足元にひれ伏したのです。

 

平穏なときは、イエスのほうに目を向けない人が、いや、敵視している人がどうしょうもなくなると、後先も考えずに、自分の信仰を忘れてイエスのところにやってくるのです。
このような行為によって、ヤイロはユダヤ教社会から(特に会堂長という身分ですから)異端視されて放り出されるかもしれません。

 

まさに、捨て身の願い事です。捨身の願い事に神が応えられないことはないと思います。
わたしはこの当時ユダヤ教神権社会の中で、密かにイエスを信じているユダヤ教の人々は沢山いたと思うのです。

 

聖書にあるイエスの奇跡は作り話だという方がおられますが、ヤイロの物語を読んでいるとそのようにはとても思えません。
イエスに敵対するユダヤ人がイエスに助けを求めているのですからね。

 

●24節.「イエスはヤイロと一緒に出かけていかれた。大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た。」

 

イエスは会堂長であるヤイロとともに娘のところに出かけました。
多くの群衆もイエスについて来ました。なぜ、イエスは群衆が付いてくるのを許されたのでしょうか。
ヤイロの娘は一刻を争う状況ですから、ヤイロもその家族もできるだけ早くイエスが来てくれることを望んでいたでしょう。

 

それなのにイエスは急ぐこともなく群衆について来るのを許されました。
群衆が一緒ならば足取りは遅くなります。
つまり、ヤイロの願いはイエスに聞き入れられましたが、ヤイロの期待するようにはイエスは動かなかったということです。
イエスの行動には、きっと意味があるのです。

 

イエスの真意がわからないヤイロと家族はさぞいらいらしたでしょう。
わたしたちにも、ヤイロと同じようなことを体験します。
願って祈っていても、神は働いて下さっているようには見えない、本当に聞き届けてくださるのだろうか。何事にも、神様のご計画があり神様の時があるのですね。

 

●25節.「さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。」
この長血とは、婦人の不正出血のことでしょう。

 

女性の方には、この不正出血の辛さはよくわかるでしょう。
当時はその辛さもありますが、それ以上にそのような人は汚れているということで、イスラエルの共同体の中に入れなかったということです(レビ記15章25節から30節)。
共同体に入れないということは、イスラエルは神権国家ですから社会的に死を意味します。

 

●26節.「多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。」

 

悲惨ですね。いろいろと医者を変えても治らなかったということは、お金ばかり取られてきちんとした治療をしてくれなかった、というか、当時は医学といっても科学的に研究されたものではなく、占い師とか呪い師の類が多かったのではないでしょうか。
人の弱みに付け込んで、ぼったくりとかインチキが横行していたと思います。

 

●27節.「イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。」
●28節.「「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。」

 

27節の状況を見ると、女は、必死の思いで見つかればひどい目にあう危険を冒して、出血のため弱っていたからだをひきずり、群衆の中に紛れ込んでイエスに近づいたのでしょう。

 

長血の女はイエスの着物にさわれば自分は治ると信じていました。
彼女の信仰は、着物にさわることに置かれていました。
先ほどのヤイロは、娘にイエスが手を置いて下されば、娘は治ると信じていました。信仰の持ち方は違いますが、同じイエスに対する強い信仰です。

 

●29節.「すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。」

 

すごいです。女はすぐにいやされました。
現在でも癒しの奇跡はありますが、癒しを祈って叶えられた人の体験談を聞くと、体に熱いものを感じて自分の体の力が病人に入るのが分かったと言っておられました。

 

●30節.「イエスは、自分の内から力が出ていったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。」

 

大勢の群衆がイエスを取り囲み押し合いへし合いしていますから、大勢の人がイエスの服に触れていると思います。

 

ところが、イエスは服に触った大勢の人の中で、特定の一人にだけ自分の体から力がその人に抜けていくのを感じたのです。
見方を変えれば、多くの人はイエスを物理的に触っていただけで、本当の意味、つまり、信仰をもって触ってはいなかったということでしょう。

 

わたしたちも祈ったり礼拝したりしますが、おざなりになっていないか問われそうです。
本当の意味でキリストに触れるという信仰を持つことによって、はじめてイエスの力を体験することができるのです。

 

●31節.「そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」
●32節.「しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。」
●33節.「女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。」

 

長血の女は、病気が癒されたことを知って怖くなったのです。本当に癒されるとは思っていなかったのかもしれません。ただひたすらイエスにすがったのでしょう。
怖くなった気持ちはわかります。望んでいたことですが、自分の身に未知の力が働き、奇跡のみ業が実現したのですからね。嬉しさよりも先に恐ろしさが立ったのでしょう。

 

●34節.「イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」」

 

この状況を見ていたヤイロは、どのような心境だったのでしょうか。
自分は娘のいやしを願い、一刻も急いでほしいのに他の女をいやされている。
ましてやヤイロは会堂長のですからプライドもあったでしょう。

 

こんなことがあって良いものだろうか、と思ったに違いありません。
わたしたちにもこのようなことはあると思うのです。
祈ったのに聞かれない。他の人は早々と聞かれているのに、自分だけは聞かれない。
そうしたとき、わたしたちの信仰は揺らぎます。信仰を試されておられるのでしょう。

 

●35節.「イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」」

 

ヤイロの娘が死亡したことの知らせが来ました。
イエスがすぐに娘のところに行かなかったから、その間に娘は死んでしまったのです。

 

人間的に考えたら、最悪の状況です。
でも、イエスにはご計画があってそのようにされたのでしょう。イエスは娘の病状はよくご存じのはずです。

 

●36節.「イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。」

 

イエスは娘の死亡報告を聞き言われました。ヤイロはほっとした半面疑心暗鬼であったと思います。いくらイエスでも、死んでしまえば手遅れだと誰でも思います。

 

現在でも新興宗教で癒しのみ業を売り物にしている教祖がおられますが、死人を生き返らせた方はおられません。
それでもイエスは言われる。「恐れることはない、信じなさい」。
信仰とは、理屈とか条件はいらない、ただ神の言葉を信じることが大切なのです。

 

ただし、この物語をよく読むと、会堂長のヤイロの信仰は、イエスの言葉の意味を理解して信じたのではなく、ただ娘の病を癒してほしい一心で、癒してくださることを信じたのだと思います。
このイエスの言葉は、疑心暗鬼になりかけているヤイロをさぞ安心させたでしょう。

 

●37節「そして、ペトロ、ヤコプ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来る事をお許しにならなかった。」

 

いよいよ会堂長の家に行かれるのですが、ここではイエスは一部の弟子のみに同行を許されて、群衆が来るのを、お許しになりませんでした。

 

同行した三人の弟子は、イエスの十二人の弟子の中でも中心的な存在です。
イエスが栄光の御姿に変えられるときとか、ゲッセマネの園でイエスが祈られたときにイエスの側にいた三人でもあります。
イエスは、十二人の弟子たちにご自分のことを明かされたが、重要な出来事においてはさらにその中からこの三人を選ばれたのです。

 

●38節.「一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、」

 

会堂長の家ではおそらく葬儀の準備が行われていたのでしょう。
大声で泣く者、わめいたりする者がいたとありますが、これは、当時はプロの泣き屋もあったということですから、そういう人たちではと思います。
プロの泣き屋を雇うのは、その子がどれだけ愛されていたかを近所の人々に知らせるためであったのでしょう。

 

●39節.「家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」」

 

イエスが「眠っている」と言われたのは、肉体は死んでいるが霊は生きている。だから今は死んだように見えるが、生き返ることを意味されているからでしょう。

 

人間の目には死んだように見えても、それは本当の意味で死んだのではないのです。霊的には生きているのです。
キリストにあって死んだ者たちも、聖書では、「眠った者」と表現されています。

 

●40節.「人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。」

 

人間とはあさはかなもので、その場その場の状況に大きく影響されます。
先ほどまで、泣いてわめいていた人たちが、今はもうあざ笑っているのです。
イエスは、あざわらった者たちは外に出されました。

 

イエスのみ業を見ることのできる人たちは、イエスを信じる者たちだけになりました。不信仰は、神のみわざに参加できないのです。

 

●41節.「そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。」

 

ヤイロが願ったように、イエスは彼女の手を取られました。この「タリタ、クム」という語句は、イエスが語られた言葉を翻訳せずにそのまま聖書に残しているのです。

 

福音書記者も写本を作った人もその後の教会関係者も言葉の意味を書いて、イエスの言葉をそのまま残したのです。
それはこの言葉が重要な意味をもっていること、この記事が信頼に値することを示していると思います。

 

●42節.「少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。」

 

少女は病がいやされるどころか生きかえりました。
このようなことがあるのです。
肉体は完全に滅びていましたから、この生き返りは復活ともいえるでしょう。

 

41節の「タリタ、クム」というイエスが実際に語られた言葉をそのまま残されたのは、このようなすばらしい神のみ業を知らせるのに、言葉を翻訳して言い換えることを、聖書著者、写本を作った人、教会関係者もしなかったのです。それは、この奇跡が事実であることを示していると思うのです。
いろいろな工作は必要ないのです。

 

イエスは(人間の目には)死んだ(眠っている)人間を生きかえらすという驚くべきみ業をなすために、長血の女を癒し、ゆっくりと会堂長の家に来たのです。
12歳のヤイロの娘の生きかえりも、12年間患っていた長血の女の癒しも、それらはみな神の摂理の中にあります。

 

ということは、神は12年の歳月をかけて、ヤイロの家に信仰が与え、この長血の女に信仰が与えるためにご計画されていたということです。
神のなさることは、時にかなって美しく、ご自分の計画のためにすべてのことを益として働かせてくださるのです。

 

●43節.「イエスはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言われた。」

 

おそらく、イエスのなされたこのような奇跡を理解することのできる人々は、その場に居合わせた人たちだけでしょう。
「だれにも知らせないように」というのは、イエスの時(逮捕と十字架)はまだ来ていないからです。
「ユダヤ教の指導者層はこのことを知ると怒りに狂い何をするかわかりません。

 

少女は病のために何も食べていなかったので、イエスは食事をさせるように命じられています。
イエスは細かいところまで気がつかれるのですね。大変リアルで、事実をそのまま記したのでしょう。

 

生きかえったとはいえ、少女の体は肉と骨の地上の体であり、いつかは朽ちるものです。
ですから、新しい命を授かる来世での復活とは異なります。
復活の体は霊の体で決して朽ちることはありません。

 

その六 らい病を患っている人をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第1章40節から45節/マタイの福音書第8章1節から4節/ルカの福音書第5章12節から16節です。
マルコの福音書第1章を読みます。
●40節.さて、らい病を患っている人が、イエスのところへ来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。
●41節.イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、
●42節.たちまちらい病は去り、その人は清くなった。
●43節.イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、
●44節.言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」
●45節.しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。
それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

 

共観福音書のこの個所の内容はあまり違わないので、マルコの福音書を中心に読んでみたいと思います。
ここで言う「重い皮膚病」とは、ハンセン病のことだと思いますが、一般的には重い病を指しているのでしょう。

 

さまざまな皮膚の湿疹その他の病気をも含んでいるのかも知れません。
とにかく、進行性の重症の皮膚病、しかも、それは形崩れを伴う皮膚病のことで、当時は汚れた病とされていました。
そして、神による罰、神によって打たれた者で、不治の病とされていました。

 

その人たちは、一般社会から隔離された所に住み、普通の人と交わることはもちろん、近づくことさえ許されていませんでした。
それに、その人たちは、自ら「汚れた者、汚れた者」と叫んで、その存在を知らせなければならなかったということです。
人に触れることは禁じられ、人との交わりも禁じられて社会からは完全に隔離されていました。死人と同様に見なされていたのでしょう。

 

ですから、この病気が癒やされることは、死人を甦らせることと同様の意味を持っていたということでしょう。
したがって、神だけがこの病を清めることができるとされ、また、この病人の清めはメシヤ(救い主)がもたらす終末的な祝福の一つとされていました。

 

マルコ1章40節に「イエスのところにきてひざまずいて・・」、とありますが、これは、ユダヤ教の律法の中で生きる人が律法でないイエスの新しい教えの前にひざまずいたことになります。

 

医者にも、律法(ユダヤ社会)にも見放されて、癒されたい、現状から救われたいという切なる願いが律法の垣根を乗り越えて、新しい教えを持って来たイエスに、一縷の望みをかけて、イエスの前にひれ伏したのです。

 

重い皮膚病患者は、癒されたい一心で、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります。」と言ったのです。
そこには、イエスへのすがるような信頼と、己のすべてを捨てた叫びがあります。

 

イエスの中に働く神の力だけに頼り、自分の人生のすべてを「御心のままに」と言ってイエスの意志に委ねたのです。
マルコ1章41節に「イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、・・」、とありますが、このようにイエスはその余りにも悲しい姿に憐れみ、病人に触れられたのでしょう。

 

このような病人には汚れると言うことで触れてはならなかったのですが、イエスは躊躇なく、汚れなど一向に気にせず病人に触れて、ただ社会から疎外され、治癒の見込みもない絶望的な病人への憐れみから、その人に手を差し伸べ、ご自身の中にある神の力を注ぎ癒されたのでしょう。
「よろしい、清くなれ」、の一言で癒されたのです。

 

神の言葉には神の思いがこもっています。その思いが力となって現実は従うということでしょう。
43節と44節でイエスは「厳しく注意して」、「誰にもなにも話さないように」、と言われました。
このような病人を癒すことは、神によって癒された事を意味するので、ユダヤ教社会ではどのように受け取られるかをイエスは知っておられたのでしょう。

 

余りにも憐れゆえ病を癒されたが、イエスはメシヤ(救い主)であることを自称する者であると見られることを極力避けようとされそのように言われたのだと思います。
なぜなら、まだその時期ではないからなのだと思います。

 

もちろん、その時期と言うのは、十字架の時ことです。
そして、ユダヤ教律法で定められたイスラエルの共同体の中に入るための儀式である、「ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」と言われたのです。

 

共同体に戻るには、祭司の清められたと言う宣言が必要だったのでしょう。
当時、そのような病は人間には治癒が不可能でありましたので、その律法の儀式は、神によっていやされたときのために設けられていました。
イエスは病人の社会復帰を促すために、旧約聖書レビ記14章の「清めの儀式」を受けるように勧められたのです。イエスは病人の社会復帰にまで気を使っておられます。

 

その人はイエスの厳しい忠告にも関わらず、「彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。」(マルコの福音書第1章45節)ので、「イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。」(マルコの福音書第1章45節)と言うことになりました。

 

イエスが厳しく、誰にも話さないように忠告されたにもかかわらず、この病人は神の力を体験し、癒された喜びのあまり、自分の身に起こった事を語らないではおれなかったのでしょう。

 

そのためにイエスは大変な迷惑をこうむります。
なぜなら、病人が癒やされたことを言い広めたので、ユダヤ教当局からイエスはメシヤを自称して民衆を扇動する者ではないかと疑われるようになり、そのために、会堂で公に宣教することができなくなり、町の外の寂しい所で教えるようになったからです。

 

これまでは諸会堂で宣教されておられたのに、これ以後は会堂での宣教はごく僅かになり、おもに海辺や、家の中、山辺や旅路で語られることになるのです。
さらに、イエスが行かれる所にはいつも律法学者たちがいて、イエスの言動を監視し、批判し、律法違反の証言を得るために論争を仕掛けるようになるのです。

 

現在でも病の癒しを売り物にしている新興宗教が多いと聞きます。
わたしには、新興宗教のことはよくわかりませんが、聖書でも、癒しの祈りをしますが、その結果はあくまで神の御心のままになされるように祈ります。
癒しのみ業は、神が行なわれるのであって、わたしたち人間の念力や祈祷の力ではないのです。

 

そして、なにより神が癒やされると言うことは、罪が赦されていると言うことだと思います。
だから癒されることは、罪が赦され、救われたことのしるしだと思うのです。
キリスト教界でも、病気の癒しをされる牧師さんや宣教師さん、それに一般信徒さんもおられます。

 

しかし、癒やしは誰でも行なうことができるのではなく、そのような癒しの賜物を与えられていることが必要だと思います。
祈っても、結果はわかりません。どのようにされるかは、神の御心のままにです。

 

神を信じる信仰が先で、癒しは結果です。
誰が祈っても、癒やされない場合も、癒される場合もあります。
新興宗教は、癒された(?)場面を見せて信者を増やすと聞きますので、キリスト教とは全く違います。

 

癒しがすぐには現われない場合もあります。癒される場合でも神の時期があると言うことです。神の時というのは、その人にとって最善の時といういみです。
そして、キリスト者は、たとえどのような結果になっても、信仰は変わりません。

 

たとえ、癒やされなくても、霊的に心が救われる(信仰を持っていない人は、それは心の持ちよう、物は考えようだと言う人もいます)場合もあります。
霊的な心の救いは、体の癒やしに優ると思います。

 

わたしには癒しの経験は有りませんが、体験者の話を聞くと、霊的に心が救われた場合でも、与えられる心の平安と喜びは、心の持ちようなどと言って済ませられるほど簡単なものではないということです。

 

その七 中風の人をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第2章1節から12節です。
●1節.数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、
●2節.大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、
●3節.四人の男が中風の人を運んで来た。
●4節.しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。
●5節.イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。
●6節.ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。
●7節.「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」
●8節.イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。
●9節.中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。
●10節.人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。
●11節.「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」
●12節.その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。

 

この物語は信仰とはどういうものかを実によく表わしていると思います。
そうですね、信仰を一口で言えば、まず行動することだと言えます。
中風で体を動かすことができない人を四人の友達が担架に乗せて運んできました。
ところが、イエスがおられる家は、入口まで人が一杯でとても入れませんでした。

 

しかし、彼らはそこで諦めませんでした。外の階段を上がって屋根に上って、それから、なんと屋根を破って家の中に入ったのです。
家の持ち主に後で文句を言われるとか、損害賠償などで厄介なことになるとかは一切考えなかったのでしょうか。
彼らは必死だったのでしょう。そのための責めは、中風患者と友人は共に負うつもりであったのでしょうか。

 

ただし、そういうことをしたのは中風患者を連れてきた友人でしたから、信仰という面でみれば、癒されたのは、中風患者の信仰ではなく、患者の友人の友情と信仰によって運ばれてきたということになります。
おそらく、イエスも周りの人たちもびっくりしたことでしょう。
でもイエスは、拒否せずに受け入れられたのです。

 

イエスは中風患者の信仰ではなく運んできた友人の信仰と友情を見られたのでしょう。
その信仰は、この病は人間の力ではどうしょうもない。イエスの中に神の力が働いている。もう、その力に頼るしかないという強い思い、必死にすがる思いからきた信仰であったと思います。
その強い思いがその人たちを常識を破る行動へと導いたのでしょう。

 

友人をこのような行動に導いたのは、友人の助けてやりたいという強い友情もあるでしょうが、両者はイエスのことを事前に知っていたからと言えます。
つまり、信仰を持つには、イエスを知るためには必ず誰かにイエスの言葉を伝えてもらうことが必要があると言えます。
神は誰か人を通じてわたしに、あるいはあなたに働きかけておられるということです。

 

そして、イエスに会うためにはいろんな障害があると言えます。
最初障害は大勢の群衆です。群衆が行く手を阻みます。
そのために、気が弱い人であれば大勢の人々が目に入ると、気後れがして直接イエスの所へ行く前にあきらめてしまうこともあるでしょう。
それに、屋根を破るなどとんでもないことです。

 

ここで教えられる大事なことは、これは本当だと思えば、周りの目とか障害に目をつぶって、ある意味常識を排して飛び込むと言うことが必要なのでしょう。
現在を生きるわたしたちに置き換えて見れば、イエスの教えが本当のことだと思われるのでもっと知りたい、しかし、クリスチャンになれば家族とか親戚の反対にあうかもしれない。
先祖代々のお墓を誰が守るかという問題もある。仏壇をどうするかという問題もある。

 

宗教に走る自分を馬鹿にする、反対する親戚とか友人がいるかもしれない等々、いろいろと障害が考えられますが、大事なことは、そのようなことがあっても、イエスの言葉が本当だと思えば、万難を排して、いや、そのような、ある意味形式的な障害をいま排せなくても、まずイエスの懐へ飛び込むこと、これだと思うのです。

 

そうですね、イエスの所へ行こうとしても、自分の心にはいろんなわだかまりがあって、なかなか素直になれないこともあります。
そう、それは自分の心の屋根です。自分自身の内にあるその屋根を思い切って破ることが必要なのでしょう。
後のことは後で考えればよい、とにかくイエスの所へ行くのだという気構えだと思います。

 

わたしが洗礼を受けようと思った理由は、イエスのことが知りたいという強い思いから、本当に知るためには外から見ていてはダメで、中に入ることが必要だと思ったからです。
そう、飛び込んだのです。間違っていれば引き返せば良いとも考えました。

 

でも、イエスの言葉が真理ならば間違いなどあるわけがありません。
そうすると、自然に道が開けてくる。神と自分を隔てていた心の屋根、障害が消えていくと思うのです。これは多くのクリスチャンがそのように証言しています。

 

こうしてみると、この物語の本質は、中風という病気ではなく、自分自身であることがわかってきます。
自分自身がイエスと自分の間に屋根、つまり障害を造っているのです。それがわたしたちの罪でもあるわけです。

 

聖書の他の個所でも、イエスの奇蹟を体験する人々は、世間体や常識から外れてイエスに近づいています。
共通することは、イエスに近づくのに邪魔している世間体とか知識とか経験を排除して、大胆で、遠慮せずイエスに食らいついています。
それを助け力づけてくださるのが聖霊の働きなのでしょう。

 

マタイの福音書第18章3節で、イエスが、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。」というのはそのことを指しているのでしょう。
同じイエスの言葉を聞いても、その人の知識とか経験とか立場により受け取り方はいろいろです。

 

つまり、律法学者がイエスの言葉を捉えて、2章7節で「神を冒讀している」と言いました。
イエスが「あなたの罪は赦されている」と宣言されたからです。罪の赦しは神だけがもつ大権だからです。
おそらく、律法学者らはイエスの本当の姿が分かっていなかったのでしょう。
人間であり、貧しいナザレの大工の子が神の子とはとても信じられなかったのでしょう。

 

彼らは旧約聖書で預言されている、終わりの日つまり終末に起こるべきことがいま地上の人間イエスの中に到来している。
そのような終末的な事態が今実現していることが信じられなかったのでしょう。
常識にとらわれて新しい事態が到来していることに気がつかないことなど、わたしたちにはよくあることです。

 

イエスは7節の律法学者らの疑問に8節と9節で答えられますが、その前提としてのイエスの思いを付け加えると、「あなたがたは、神のほか誰も罪を赦すことはできない、すなわち地上の人間は誰もその権威をもっていないと言うが、そのとおりである。ではあなたがたに尋ねるが、中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。」ということでしょう。

 

どちらが、やさしいか。罪が赦されたと言うほうがやさしいのは当たり前です。なぜなら、罪が赦されたこと自体は目に見えないから、証拠を提示する必要がないが、起きて、歩け、と言っても歩かなかったら、その人の言葉には権威がないことが誰の目にもわかるからです。

 

あなたがたにはそれができますか、できないでしょう。
どちらも同じく人間にはできないことです。
そうであるならば、もしわたしがこの人を歩かせたならば、人間を超える権威がこの人に働いていることをあなたがたは知るべきだ。

 

おそらくイエスはそのように言いたかったのだと思います。

 

マルコの福音書第2章11節の「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」というイエスの力強い言葉の後で、12節で「その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。」とあります。

 

この中風の人は、身体が麻痺して長年寝たままで、おそらく足は骨と皮だけのように痩せ細って、立ち上がることもできなかったでしょう。
想像できます。
その人が、イエスの言葉を聞いて、その言葉に従って立ち上がろうとすると、不思議な力が身に注がれて、立ち上がることができたのです。

 

それだけではなく、自分を運んで来た床を、今は自分が取り上げ、それを担いで歩くことができたのです。
まことに驚くべきことが起こったのです。
この出来事は目に見えて誰にでも確認できる事態です。何ら人間的な説明は不要です。作り話とか噂話のたぐいではないのです。大勢の証人がいるのです。

 

その場にいた人々はただ驚嘆し、その権威にひれ伏したのでしょう。
中風の人は、イエスの言葉を疑いもせず、躊躇もせず、すっと、立ち上がったのです。だから立てたのです。
子供のようにイエスの言葉を信じたからです。

 

神からでた言葉は実現するのです。彼らが見たイエスの出来事は人類が今までに見たことのない出来事、全く新しい出来事、終わりの日の出来事である、ということを福音書記者マルコは伝えたかったのでしょう。

 

このような事態を見た群衆は、律法学者の批判的な態度とは裏腹に、すなおに神をあがめています(12節)。
旧約聖書イザヤ書第35章6節「そのとき歩けなかった人が鹿のように躍り上がる」の言葉が実現したのです。

 

この物語は、病の癒しと罪の赦しが一体となっています。
イエスは、癒やされる前に「あなたの罪はもう赦されている」と宣言されているからです。

 

つまり、罪の赦しがあって、癒しがあるのです。
だから逆に言うと、癒されたと言うことは罪が赦されたと言うことになります。
罪が赦されなければ神の癒しもない。神の癒しはその病の根源的な原因である罪からの癒しなのです。

 

そう言う意味で、わたしたちが病院に行き病が癒やされるのは、根源的な癒しではないのでしょう。
イザヤ書に「わたしたちは彼の受けた傷によって、癒された。」(53章5節)とあります。

 

イエスの十字架死において、この預言が実現したということは、イエスの十字架の意義を見いだしたということです。イエスの受けた傷によって、わたしたちの傷が癒されたのです。そう、罪が赦されたのです。

 

この傷は、もちろん、わたしたちの存在そのもの、原罪から来る傷です。
イエスの十字架による傷から流れる血がわたしの罪を赦してくださる。
わたしの心の傷をいやしてくださるということでしょう。

 

では、罪が赦されて心が癒やされると身体の病も必ず癒されるのでしょうか。現実には、身体の病が必ず癒されるとは限らないと思います。
聖書にはこのようなイエスの言葉があります。

 

ヨハネの福音書第14章13節「わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。」
この聖句が言おうとすることは、本来、キリスト者は神の御心がこの地上になることを祈るべきで、決して私達の私利私欲を祈れば叶えると言っておられるのではないということでしょう。

 

だから、その祈りが神の御心に沿った祈りであれば必ず叶えてあげようと言う意味だと思います。

 

ですから、たとえわたしが病に冒されて癒しを祈って癒されなくても、それは神の御心で、わたしにとってそれが最善のことだと思いますから、失望することはないと思っています。
ただ言えることは、追い詰められて、必死になって祈れば叶えられることがあると思うのです。神様がちょっと軌道修正されるということです。

 

どちらにしても、イエスを賛美し、イエスの言葉を心に留めて生きる。
これが大事なのでしょう。そうしていれば、わたしたちの必要を御存じの神様ですから、癒しが必要であれば、癒しは自ずと与えられると信じます。

 

マタイの福音書第6章8節に「彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。」とある通りです。

 

癒されたら、それがたまたま癒されたのか、神の働きによるものかはわからないこともありますが、神は、それを神の働きによると信じる信仰を試されているのかもしれません。

 

なにしろ、この世の出来事のすべては神のご計画によると思いますから、それが積極的な介入であれ、消極的な自然法則に委ねた介入であれ許されて起こっていることには間違いがないのですからね。

 

どちらにしても、わたしたちは被造物です。造られたものならば造られた目的があるはずですから、創造主のご計画に沿って生きるのが最善であるのは確かです。自分の力で、自分の能力で生きていると思ったら大間違いです。
わたしは自分自身の信仰に不満を持つことがあります。

 

でもね、よく考えれば、今の自分の信仰は、ぬるま湯であろうが、生煮えであろうが神様が下された信仰です。
だから、わたしは他人の信仰、あるいは賜物をうらやむことをしないようにしています。
うらやんでも仕方がないことです。これは、一種のわたしの神に対する開き直りです。

 

病気の癒しの賜物を与えられれば素晴らしいことだと思いますが、賜物が与えられなくても病気になった時には、自分が信じている方に、どうか癒やしてくださいと祈ることができますから有り難いことです。
誰でも、追い詰められて神様に祈ることがありますが、具体的にその神様がどのような方かをご存じでない方が多いと思います。

 

そのような信仰を持てるのも、神様の御心次第で、人間の努力でどうこう出来ることではないと思うのです。
だから信仰も自然体で良いと思うのです。

 

もう一つ、罪が赦されたことが客観的に分かる現象があります。
「異言」(いげん)です。クリスチャン以外の方には、このことはおそらく理解できないかもしれませんが、ちょっと書いてみます。
わたしは異言を語れないのですが、語れることは素晴らしいと思います。
しかし、異言を語れない人も大勢います。語れない人がそれだけ信仰的に不十分だとは思っていません。

 

どこかで読みましたが、尊敬する20世紀の巨人と言われるキング牧師とマザー・テレサとガンジーですが、三人とも異言は語らなかったということです。
異言を語れるか否かとその人の信仰とは別物だと思います。
異言は聖霊がその人に働かれている「しるし」であることには間違いがないのですから、語る人はそのことに感謝すればよい、それはそれで良いと思うのです。

 

異言がほしければ祈りなさい、必ず得られるという方もおられますが、わたしは必ず得られるとは思っていません。
異言はあくまで賜物です。賜物なら異言を語れる人もあれば語れない人があって当たり前です。

 

なお、「異言」(いげん)はキリスト信仰における不思議な現象の一つですが、ここでの詳しい説明は省きます。
わたしが洗礼を受けた教会は、ペンテコステ派の教会でしたから、そのことはわたしにとって身近な出来事の一つです。
「異言」を語れると言うことは、聖霊がその人に降られたことのしるしです。

 

それは、第三者が客観的に誰にでも分かる現象ですから、言葉による説明の必要がない明確なしるしです。
もちろん、罪が赦されているしるしでもあると思います。

 

その八 手の萎えた人をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第3章1節から6節/マタイの福音書第12章9節から14節/ルカの福音書第6章6節から11節です。
共観福音書のこの個所の内容はあまり違わないので、マルコの福音書を読んでみたいと思います。

 

この箇所は、安息日が主題ですから、まず旧約聖書の安息日の規定を書きます。
創世記第2章3節「この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。」
出エジプト記第20章8節「安息日を心に留め、これを聖別せよ。」
出エジプト記 第20章10節「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。」

 

マルコの福音書第3章
●1節.イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。
イエスはユダヤ教の会堂に入られました。

 

それは、安息日にそこに集まるユダヤ教徒に神の国の教えを語るためでありました。
会堂に集まったユダヤ教徒の中に片手のなえた人がいました(1節)。
病人を治療する行為も一種の仕事ですから、律法では原則として安息日にしてはならないこととされていました。

 

ただ生命にかかわる緊急の場合には例外として認められていたようです。
ファリサイ派の人(ユダヤ教徒でユダヤ教の律法(戒律)を厳格に解釈し、それに忠実であろうとした人々)たちは、イエスのことをよく知っていて、この片手のなえた人を癒されるだろうと推測していたようです。

 

イエスはいつも一番弱っている人、一番助けが必要とされている人に手を差し伸べておられるからです。
いやしのみ業は、憐れみゆえになされることが多いように思います。

 

●2節.人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。

 

「人々はイエスを訴えようと思って」、とありますが、それは、片手の萎えた人の場合は明らかに緊急の場合ではないので、もしイエスがこの人を癒す業をされたならば、それは明らかに安息日の律法を破る行為であり、民衆に律法違反を教える異端の教師として最高法院に告発することができるということでしょう。

 

イエスの言動を監視するために会堂に来ていたファリサイ派の人たちの思いを見抜いて、イエスはあえて言われます。

 

●3節.イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。
●4節.そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。

 

病人を癒すことは命を救うことにつながるから常に善です。
逆に行うべき善があるのに行わないのは悪です。
また、救うことができる命を救わないのは殺すことです。
いま目の前にいる病人を癒すことが、安息日の律法で禁じられているという理由で見過ごしにすることは、はたして善であろうか、と問われたのでしょう。

 

イエスは手が萎えて困っている人を目の前に立たせて、批判者たちを問い詰めましたが、「彼らは黙っていた」、つまり、答えることができなかったのです。
答えることができなかったのは、安息日であっても殺すよりは命を救う方が、つまり、悪よりも善を行う方が、誰が考えても神のみ心にかなっていることは明白であるからでしょう。

 

そうだと答えれば、安息日に治療行為を禁じた律法を遵守するように求める自分たちの立場がなくなります。
イエスにこの矛盾を問い詰められて彼らは一言も答えることができなかったのです。
彼らの内心には、もともとイエスに対する憎しみがあったので、それがこの詰問によって決定的な殺意となったのではないでしょうか。

 

●5節.そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。

 

イエスは、もはや彼らの答えを待たないで、彼らのいう律法にあえて違反して、手のなえた人を目の前で癒されました。
この場面では、イエスに怒りと悲しみがあったことを伝えています。
福音書にはイエスが感情を表に出される場面は余りないので、その意義は深いと思います。

 

おそらく、このイエスが涙を流される原因となった、怒りと悲しみはイスラエルの民の対する思いだと思います。
長い歴史の中で、神がイスラエルに預言者を通して語りかけ導いてきたに、彼らは語りかけた言葉の真意を理解しないで、預言者を殺し、今は御子イエスに殺意を持っている。

 

彼らが待ち望んでいたメシアであるイエスが来たのにその現実を見ようともしない。
イエスの怒りと悲しみは、そのかたくなな心に対する神の怒りと悲しみを表しているのではないでしょうか。

 

どうして、彼らの心がなぜそんなに頑なになってしまったのでしょうか。
頑なな心は罪をうみます。わたしたちも気をつけねばならないことです。
それは、頭書に書いた創世記と出エジプト記の安息日の規定の真意を彼らが正しく受けとめることができなかったからだと思うのです。

 

律法学者たちは、律法は神の御心を指し示している神の言葉なのに、定められた神の真意も理解せず、律法の文字だけに囚われて、自分たちの権力基盤を守るための道具に、そして、大衆を支配する手段にしてしまったのだと思うのです。
イエスの「手を伸ばしなさい」という言葉に、もし、この人が手を伸ばせるはずはないという思い込みで手を伸ばしていなかったら、その手は萎えたままであったでしょう。

 

ところが彼はその伸ばせるはずのない手をただイエスのお言葉だからそれに従って手を伸ばしたのです。

 

すると神のみ力が働いて、その人は手を伸ばすことができ、手は元どおりになったのです。不思議ですが事実でしょう。
その場には、群衆という大勢の証人がいるのですから、嘘であれば聖書に書いても嘘がすぐにばれてこの物語は残っていないはずです。

 

ここで大切なことは、何事も神が求められれば、まず人間が求めに応じて行為をするから神が働かれるということだと思います。

 

手を伸ばさなかったらこの人は癒されなかったのですからね。
ということは、聖書を読むときにも、屁理屈をこねたり、疑ってばかりしないで、素直にそのまま受け入れて読むことが必要だということでしょう。
この事実を目の前にしたフアリサイ派の人たちは、驚くと同時にイエスに決定的な殺意を持ったと思います。

 

●6節.ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。

 

彼らは律法を自分たちの義(正義)を立てるためによりどころとしていましたので、その律法(自分たちのための)を根底から否定されて、その恨みは極限に達して殺意を決定的にしたと思います。

 

数多くある律法の規定の中で、安息日の規定はその象徴となっていたのでしょう。
律法によるいろいろな戒めは、命を救うことと善を行うことのためにあるのです(4節)。
言い換えれば、イエスが言われた新しい戒めである「第一に神を愛し、第二に隣人を自分のように愛する」ことに集約されると思います。
律法は何何をしてはいけないという行為規範です。

 

行為規範を与えられたのはイスラエル民族が宗教的にも民族的にも未熟であったからです。
その真意は、神と隣人に対する愛を教えようとされていたと思うのです。
なぜなら、律法を守ることが神をあるいは隣人を愛することにつながるからです。
逆に言えば、神を愛し隣人を自分のように愛せたら、行為規範である律法などいらないと思うのです。

 

イスラエル民族は神から与えられた律法を字義どおりに、自分たちに都合よく解釈して道を間違ってしまいました。
わたしたちも聖書を読むときは、文字の字義に囚われずに、その意味するところを霊的に知ろうとする必要があると思うのです。

 

したがって、聖書解釈は柔軟であることの応用ですから大切なことと考えます。
聖書の言葉を通して、神が何を語ろうとされているか、神の御心を知ることが大切かと思うのです。

 

それを教えて下さるのがイエスの御霊、聖霊だと思います。聖霊は解釈の中に働かれると思います。
これを霊的な聖書の読み方というのでしょう。だから聖書を祈って読むのですね。

 

ファリサイ派の人も、安息日の規定(律法)を正しく受けとめることができなかったのは、安息日規定の字義だけにとらわれていたからだと思います。
安息日を守りなさいと書いてあるから、これを絶対と見なして厳格に守ろうとする、すると自然にいろいろと細かな規則を作ることになり、それを皆に厳しく守らせようとする。

 

その結果、してはいけないことが増えます。それを一生懸命守ろうとすることが、逆に人を縛って、正しい生き方を殺してしまうことになるのです。
まさに、命を救っているつもりが命を殺している、善を行っているつもりが悪を行っているという状態になるのです。

 

パウロはコリントの信徒への手紙二 第3章6節で「・・文字は殺しますが、霊は生かします。」と言っていますが、そのことを言っているのでしょう。
わたしたちが聖書を読むに当たり気をつけるべきことは、聖書の背景と言葉の流れを考えないで、字義だけに囚われて、絶対化してはいけないと言うことだと思います。

 

聖書の言葉は、聖霊の働く御言葉ですが、あくまでも人間の言葉であることに変わりはありません。
書かれてある文字の字義にとらわれると、その言葉の本当の意味を見失い、神の御心とは逆のことをしてしまうから怖いのです。

 

わたしたちが言葉を文字にして時代を超えて何かを伝えますが、その文字は言葉を発した人の真意を伝える手段としては不完全ですから、その言葉を発した人の真意を正確に伝えることはむつかしいと思うのです。

 

だから、聖書を読む時は、言葉の真意は聖霊が伝えてくださると信じ、聖霊は、人の命を生かし、善いことをしょうとされている御霊であることを忘れずに解釈したいと思います。

 

その九 水をぶどう酒に変える
聖書箇所は、ヨハネの福音書2章1節から12節「カナでの婚礼」です。
●Ⅰ節.三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。

 

カナは新約聖書ではヨハネ福音書だけに出てくる地名で、その所在は現在では確定できていないそうです。

 

ガリラヤ湖から西へ約20キロのところにあったと見られています。
この奇跡はイエスがなされた奇跡で、初めてのものと言われています。
そうするとイエスの弟子になった人々は、この奇跡の後で弟子になったのですから、イエスの奇跡を見ないで弟子になったと言うことになります。

 

イエスの言葉に心酔して、つまり理性で納得して信仰をもったとも言えますが、やはり御霊に満たされたイエスの圧倒的な存在と不思議な魅力にひかれたと思うのです。いわゆる、イエスのカリスマ性にひかれたのでしょう。

 

そのようなイエスの前に出ると、本当の意味がわからなくてもその言動で、そこに真実があるかも、と関心を持ったかもしれません。
だけど決して盲信ではなかった。なぜならば、あとからイエスの奇跡を見せられて確信を持てたと思うからです。

 

それにあくまで選ばれて弟子になったのですから、すでに神(創造主)に選ばれて予定されていたから受入れる状態にあったともいえます。
もちろん、信仰の決断は、本人の自由意志にかわりありません。

 

●2節.イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。

 

イエスと弟子も招かれているのに、イエスの父親であるヨセフは招かれていません。既に亡くなっていたのかもしれません。

 

●3節.ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。
●4節.イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」

 

婚礼の宴の最中に、用意したぶどう酒がなくなりました。
当時この地域の習慣では、婚礼の宴は数日、ときには七日にわたって続くと言うことですから準備も大変だったと思います。
しかし、宴の途中でぶどう酒が切れることは、客を招待した側にとっては恥となります。

 

婚礼の家の苦境を察した母はイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」(3節)と当たり前のように(イエスなら何とかしてくれると思ってか)言っています。
母はイエスに、この苦境を救うための何らかの行動を期待したのでしょうが、イエスは「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」(4節)と答えられます。

 

「わたしとどんなかかわりがあるのです。」ですが、これは、「わたしとあなた(の二人)に何の関わりがあるのですか」と理解する方が分かりやすいですね。
その理由として、「わたしの時はまだ来ていない」からだと言われています。
イエスは初めから「わたしの時」、つまり、十字架と復活を目指して歩んでおられることが、この最初のしるしの物語から明らかにされています。

 

したがって、この「わたしの時」と言うのは、奇跡とかしるしで栄光を表す時と理解します。
なお、実の母に「婦人よ」と言う呼びかけに違和感を持つのですが、よく考えれば、イエスが神の霊を受けて神の子としての立場で公の活動を始められた以上、神との関係がすべての人間関係に優先するのです。
そこでは母も、神の前に立つ一人の女と言うことでしょう。

 

イエスは、母と息子という関係を超え、一切の人間的な絆を超えた方として発言しておられるのだと思います。
神との関係があらゆる人間関係に優先することは、共観福音書でイエスは「わたしよりも父や母、息子や娘を愛する者はわたしにふさわしくない」(マタイの福音書10章37節)と言っておられます。

 

●5節.しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。

 

母は父なる神との交わりに生きるイエスをよくご存じですから、婦人よ、と言う冷たい呼びかけに何らこだわらずに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と召使いに言っています。
イエスと神の関係を理解し、その上でイエスを信頼されているのでしょう。

 

しかし、よく考えると、母マリアは、イエスが聖霊によって生まれたことも、またイエスを育てる中でイエスが特別の存在であることも知っているでしょうから、当然の表現だとも言えます。

 

●6節.そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。

 

二ないし三メトレテス入る水がめはどのくらいの量かを調べてみますと、100リットル前後の大きな水がめになるそうです。

 

そのような大きな水がめが6つも置いてあったのです。
このように大量の水を貯水していたのは、ユダヤ人が清めに遣っていたからなのでしょう。

 

●7節.イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。
●8節.イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。

 

イエスは彼らに言われます、「さあ、それを汲んで世話役のところに持って行きなさい」(8節)。
そこで、イエスの言いつけ通りに召使いたちは運びます(8節)。

 

●9節.世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、
●10節.言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」

 

奇跡です。水がめから汲んで運んだ水が宴席ではぶどう酒に変わっていたのです。
しかも、それまでのぶどう酒よりも良いぶどう酒に変わっていたのです。
世話役はぶどう酒に変わった水を味わって、それがどこから来たのか知らなかったので、花婿を呼んで「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」と言います。

 

ここではどのようにして水がぶどう酒に変わったのかは説明されていません。
水がめの中で水が全部ぶどう酒に変わっていたのか、それとも、水がめの中は水のままなのか、運んだ分だけが変わったのか説明されていません。
ということは、分からない個所はわたしたちの信仰によってこの物語を読むしかないと言うことでしょう。

 

●11節.イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。
●12節.この後、イエスは母、兄弟、弟子たちとカファルナウムに下って行き、そこに幾日か滞在された。

 

12節から推測すると、イエスが特別な存在であることを、他人だけでなく親兄弟も信じていた(親兄弟はイエスの奇跡を期待し、そのまま受け入れている)ことになると思いますから、イエスは生まれつき普通の人間ではなかったことを示しています。

 

人間は、身近な者、特に身内を自分とは違う、特別の存在と認めることはなかなかできないものですが、イエスは生まれてから特別な存在と周囲の者に見られていたのでしょう。

 

その十 突風を静める
聖書箇所は、マルコの福音書第4章35から41節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書8章23節から27節、ルカの福音書8章22節から25節です。
●35節.その日の夕方になって、イエスは「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。

 

イエスは、群衆に囲まれながら病人を癒し、喩えを用いて神の国のことを教え、一日中働かれました。
夕方になって疲れた身体を休めるために静かな場所を求めて、「向こう岸に渡ろう」とイエスは言われました。

 

●36節.そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。

 

イエスは群衆にもまれるのを避けて、舟の中から教えておられましたので、弟子たちもその舟に乗り込んでそのまま沖へ漕ぎ出しました。

 

●37節.激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。
●38節.しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。

 

イエスは船尾の方で、おそらく舟板を枕にして眠っておられたのでしょう。
イエスも疲れるのです。変なことが気になります。
イエスは神と御霊によって一体であったとしても、わたしたちと同じような肉体を持った人間ですから、疲れるのは当然ですね。

 

舟を沖に漕ぎ出し、湖の半ばまで来た時、突然山から激しい突風が吹き下ろしてきました。
解説書によると、ガリラヤ湖は、周囲を山で囲まれているので、気象状況の変化が激しくて、不意に山から吹き下ろす突風が襲うということです。
弟子たちの対応を見ると、おそらく、この時の突風は、舟が沈むと思われるほど強かったのではと思います。

 

ベテランの漁師である弟子たちでさえ恐怖に襲われ、「先生、わたしたちがおぼれても、かまわないのですか」と叫び出すほどでしたからよほど強い風が山から吹き下ろしたのでしょう。

 

しかし、弟子たちはイエスと寝食を共にして、教えを受け奇跡を近くで見て、それでもイエスを信頼できなかったのでしょうか。
イエスも一緒なのですから、安心していてもよかったと思うのです。

 

イエス自身は、常に父なる神と共におられますから、たとえ舟が突風で沈みそうになっても、わが身を父なる神に委ねて、その信頼が揺るぎません。
わたしたちは、病気をしたり、何らかの失敗をすると、つまり、置かれた状況が少しでも不安定になると簡単に思いは変わり慌てたり恐れたりします。

 

それは、絶対なる存在にわが身を委ねてそこに信頼を置くという生き方をしていないからと言えます。
わたしたちは常に外部の出来事に一喜一憂し、心が平安な状態は長くは続きません。

 

わたしたちは信じていると言っても、少しでも信仰を揺るがすような事態に出くわすと、直ぐに、神への信頼を忘れてしまって、自分の力に頼ろうとします。それは奢りですね。

 

●39節.イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。

 

イエスは自然をも制御する力をお持ちなのでしょうか。
言葉の通りのことが起こったとすると、これは想像を絶することです。
でも、事実言葉の通りのことが起こったのでしょう。イエスが本当にメシアならば疑う余地はありません。

 

●40節.イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」

 

イエスは奇跡を起こされたのです。その奇跡が余りにも想像を絶することだったので、弟子たちはすぐには事態を呑み込めなかったのでしょう。
このときの弟子たちは、畏怖心を持ってただ茫然とイエスを眺めていたのでしょう。

 

イエスと寝食を共にして教えを受けていた弟子でさえこれですから、科学の時代と言われる今を生きるわたしたちが、なかなか信じられないのは当たり前です。でも、御霊が働いておられますから大丈夫です。

 

●41節.弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。

 

やっと弟子たちは、いま目の前にある事態を呑み込めたのか、気を取り直して驚きの言葉を発します。
事態を飲み込めた弟子たちは、その信じられない出来事に、おもわずイエスの前にひれ伏したのではないでしょうか。

 

この弟子たちの恐れは、おそらくイエスの言葉一言で嵐が静まったこともあるが、それよりも聖霊に包まれたイエスの神的な神秘に触れたからではないのだろうかとわたしは思うのです。
異次元の神秘を目の前にすると、わたしたちは恐れ驚きその場に座り込むでしょう。その様な事態ではなかったのではないしょうか。

 

さて、ここでこのような奇跡について簡単に触れてみたいと思います。
奇跡については、色々と考え方があります。
後の教会が自分たちの都合に合わせて作りだしたものであるとか、幻想であるとか言われています。

 

しかし、よく考えると現在でも、病気の癒しを含めて超自然的な現象や出来事が起こっていることが全世界で語られています。
キリスト教においても、イエス以後の教会の歴史においても、数多くの奇跡的な出来事が現実に起こったと伝えられています。

 

作り話だと言われる方もおられますが、体験したと言う人が余りに多く、また、信じている人が余りにも多く、一部やらせもあるかもしれませんが、すべてを否定できないと思うのです。
たとえば、わたしたちは目の前で本当に奇跡が起こっていても偶然として処理してしまうことがあると思うのですがいかがでしょうか。

 

カトリック教会では、聖人の条件に「奇跡を起こした事があること。」を上げて、多くの人が聖人に認定されています。
もちろん、客観的で厳正な審査のもとに認められていると思います。
それに、福音書に記載されている各種の奇跡は、後になって作られたとか、歴史的な出来事ではないとする根拠はどこにもないと聞いています。

 

そして、聖書には奇跡を疑っている記事は一つもなく、当然にその奇跡が起こったことを前提に物語は進められているということです。
なにより、イエスと同時代の人たち、それもイエスのまわりの一部の信徒だけではなく、一般大衆がその奇跡を信じていたということです。
新興宗教で教祖が奇跡を起こしたというところがありますが、それはあくまで教祖のまわりの一部の弟子たちが言っていることです。

 

イエスはイスラエルのど真ん中で奇跡を起こされたのですから、東京のど真ん中で奇跡を起こしたことと同じです。
だからキリスト教は今日まで生き残ったのです。
ある意味キリスト教は奇跡の上に成り立っている宗教とも言えます。

 

その十一 悪霊に取りつかれたゲラサの人をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第5章1から20節ですが、長いので二回に分けて読みます。
一回目は12節までです。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書第8章28から34節/ルカの福音書第8章26から39節です。
マルコの福音書第5章
●1節.「一行は、湖の向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。」

 

一行とはイエスとその弟子たちのことでしょう。
イエスが向こう岸に渡られた動機や目的は何も書いていません。
その途中、つまり、湖上で嵐に遭遇し舟が転覆しそうになりますが、イエスのひと言、「黙れ。 静まれ。」で嵐は静まり一行は無事に対岸であるガリラヤ湖の東側にあるガラサ人の地に到着しました。

 

●2節「イエスが舟から上がられると、すぐに、汚れた霊につかれた人が墓場からやって来た」

 

汚れた霊につかれた人が、イエスに近づいてきました。
汚れた霊と言うことですから、悪魔でも悪霊でもないと思います。
なぜなら、悪魔は天使長が自分も神のように崇められたいと思い神に反逆して変質したもので、悪霊はその悪魔となった天使長に付いて行った配下の天使と書かれているからです(黙示録12章4節)。

 

そして、聖書には悪魔も天使(悪霊)も人の身体に入る(憑依)ような記載はありません。外から人に影響を与えているだけです。
したがって、この節の人の体につく「汚れた霊」とは、おそらく、死んだ人間の霊だと思います。広い意味での悪霊かもしれませんが。

 

●3節.「この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。」

 

汚れた霊に憑かれた人は、墓場に住んでいました。
当時の墓は、洞窟などが使われていたそうですから、そうした所に住んでいたのでしょう。

 

●4節.「これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。」

 

墓場を住まいとしていた汚れた霊に憑かれた人は、鎖や足枷で移動できないように拘束されていましたが、その力は強く、鎖は引きちぎり、足枷は砕いてしまうほどでした。
しかし、すごい力ですね、「汚れた霊」のついた人間は並はずれた力を出せるのでしょうか。

 

汚れた霊に憑かれた人はゲラサ人なのですが、このゲラサ人に乗り移った汚れた霊は複数(9節)ですから力が強く、病は重症であったということでしょう。
汚れた霊どもを追い出すにも軽度のものと重度のものとで違いがあるのでしょう。次のイエスの言葉がそのことを表しています。

 

イエスは悪霊追い出しについて、弟子たちが追い出せなかった悪霊をイエスが追い出されたとき、「しかし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行かない。」(マタイの福音書17章21節)と言われています。

 

●5節.「彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。」

 

多くの汚れた霊どもがゲラサ人にその様なしぐさをさせていると思いますので、ゲラサ人は自分で自分のことがどうにもならない状態ですから、彼はさぞ苦しんでいたことでしょう。
といっても、汚れた霊は同じような性質の人間に好んで取りつくと言いますから、一概にそうとも言えないかもしれません。

 

●6節.「イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し、」

 

ゲラサ人に乗り移った汚れた霊どもがイエスに駆け寄ってきてイエスにひれ伏しています。
汚れた霊どもは、人間には自由に従わせていますが、イエスに対しては足元に服従しています。

 

「走り寄ってひれ伏し」ですから、イエスはまだご自分が何者かも言われていないのに汚れた霊どもはイエスのことを知っているようです。
汚れた霊どももイエスと同じ霊界の存在だからでしょう。
これによって、イエスは、わたしたちが住むこの世界だけでなく、霊界をも支配されていることがわかります。

 

●7節.「大声で叫んだ。「いと高き神の子イエス、かまないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。」」

 

汚れた霊どもはイエスを見て「いと高き神の子」と呼んでいます。
彼らも霊界の存在なので、同じ霊界の存在としてイエスの正体を知っているのです。
そして、この汚れた霊どもは「後生だから、苦しめないでほしい。」といって、自分を苦しめないようにイエスに懇願しています。

 

なぜでしょうか。その答えは8節です。
鎖をも引きちぎった汚れた霊どもは、イエスの御前では足元に服従しているのです。

 

イエスは、舟を転覆させるほどの大きな嵐を服従させましたが、この恐ろしい汚れた霊どもをさえ服従させておられます。
自然界だけでなく、霊界をも支配されているのです。
もちろん、背後には父なる神が共におられます。

 

●8節.「イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」と言われたからである。」

 

汚れた霊どもは人間に乗り移っていました。
その人間の体から出て行けと言われて「苦しめないでくれ」と願ったのです。
ということは、汚れた霊どもも体を持つことを望んでいるのです。
体を無くすことは苦しみなのです。

 

だから、霊体だけでは苦しみがともなうのです。
それは、汚れた霊どもはもともと人間の霊だからということでしょうか。それ以上のことはわかりません。

 

また、ルカの福音書では、「底知れぬ所に行け、とお命じになりませんように(8章31節)」と汚れた霊が言っていますので、底知れぬ所はどのような所か知りませんが、キリストが再び来られるときには、悪魔がその底知れぬ所に鎖につながれます(黙示録20章3節)。

 

●9節.「そこで、イエスが「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。大勢だから」と言った。」

 

イエスはこの汚れた霊どもの名を聞きました。
その答えが、「名はレギオン。大勢だから」です。やはりこの汚れた霊は大勢で一人ではなかったのです。
レギオンというのは、軍団を表す言葉で、ローマ軍団6000人の兵隊の呼び名に使われていたと言うことです。

 

したがって、この汚れた霊どもは、汚れた霊どもの集団であって、その集団が一団となってゲラサ人に憑依していたと言うことでしょうか。
だから、ゲラサ人は力が強く、鎖を引きちぎるとか、足かせを打ち砕くような怪力を持っていたようです。

 

●10節.「そして、自分たちをこの地方から追い出さないようにと、イエスにしきりに願った。」

 

汚れた霊どもは、このゲラサ人の住む地方から自分たちを追い出さないようにイエスに願っています。この地方が気に入っていたようです。

 

●11節.「ところで、その辺りの山で豚の大群がえさをあさっていた。」
●12節.「汚れた霊どもはイエスに、「豚の中に送り込み、乗り移らせてくれ」と願った。」

 

「豚」は、律法によると汚れた動物とされています(レビ記11章7節)。
現在でも豚の肉は寄生虫があるからよく焼いて食べなさいと言われています。
神は、イスラエルの民を聖別し聖なる民として育てようとされていましたから、衛生上の問題で豚などを汚れたものとして食べてはならないとされたのでしょう。

 

でも、ここでは豚が飼われています。当局の目を盗んで飼っていたのでしょうか。
律法で禁止されていても、ユダヤ教の律法学者らの目の届かないところで食べる人がいたのでしょう。需要があるから供給があるのです。

 

汚れた霊どもがイエスに願ったのは、苦しめないでください、この地方から追い出さないでください、豚に乗り移させてくださいの三つでした。
そこで、イエスは、汚れた霊どもの願いを聞かれます。
人格(霊格?)ある存在は自分の意志を持っていますから、選択権を与えられると言うことでしょう。

 

●13節.「イエスがお許しになったので、汚れた霊どもは出て、豚の中に入った。すると、二千匹ほどの豚の群れが崖を下って湖になだれ込み、湖の中で次々とおぼれ死んだ。」

 

豚二千匹が一斉に崖を下ったのです。すごい光景でしょう。
イエスは、悪霊どもの願いを聞き入れて、豚に乗り移るのを許されました。
悪霊はやはり体がほしかったのです。
悪霊ども(汚れた霊ども)が乗り移った豚は、びっくりして狂ったように水に飛び込みおぼれ死んでしまいました。

 

ここでわかることは、この世界は悪魔を含むすべての被造物は神の支配下にあるということです。
汚れた霊どもにはイエスと戦う意志も力もありません。
ただ懇願して願い事を聞いてくださるように頼むだけです。わたしたちと同じです。

 

7節で悪霊は、イエスが神の子であると認めています。
一応は抵抗しますが、「出て行け」とイエスが命令すると、乗り移った人間を痙攣させると言う最後の抵抗を試みますが従いました。
そして、霊にも人格があると言うことです。
人格があるから意志もあります。

 

イエスは、人格があり、意志があるものを、ロボットのように扱わず、人格のある者には必ず自由に選択する権利を与えておられます。
それが神のわたしたちに対する対応の大原則です。
神はあくまでわたしたちの自由意思を尊重されるのです。決してロボットのように扱われないということです。

 

●14節.「豚飼いたちは逃げ出し、町や村にこのことを知らせた。人々は何が起こったのかと見に来た。」
●15節.「彼らはイエスのところに来ると、レギオンに取りつかれていた人が服を着、正気になって座っているのを見て、恐ろしくなった。」

 

豚飼いたちは、汚れた霊どもから解放された人を見て喜ぶのではなく、恐ろしくなりました。
彼らは、汚れた霊に憑かれた男が夜昼墓場で叫び続け、石に体を打ちつけてからだを傷つけていたことを知っていたのです。

 

その男が、今は正気になったのですから、その変貌ぶりにさぞ驚いたことでしょう。
恐ろしくなったと言うのは、おそらく、イエスが汚れた霊どもを支配されている、尋常でない未知の力を目の前に見せつけられて、畏怖心を抱いたのでしょう。

 

●16節.「成り行きを見ていた人たちは、悪霊に取りつかれた人の身に起こったことと豚のことを人々に語った。」

 

今まで体験したことがない、信じられないことが目の前で起こったのです。
豚が川に飛び込んで死んでしまったので、自分たちのビジネスが壊滅的打撃を受けたのも衝撃でしょうが、豚飼いたちは、未知の力を示されたイエスには攻撃する気力もうせて、畏怖と言うか恐ろしさが先に立ったのでしょう。

 

人は経験上あり得ないこと、未知の恐ろしい出来事などに遭遇した場合、畏怖に囚われて恐怖心でその場から逃れたくなります。
この出来事を目にした人々によって、その恐ろしい事態は語り継がれてうわさが広がります。

 

●17節.「そこで、人々はイエスにその地方から出て行ってもらいたいと言いだした。」

 

目撃した人々は、悪霊に取りつかれた人の身に起こったことと豚のことを人々に語りました。
人々は、関わりたくない一心でイエスにその土地から出て行くように求めたのでしょう。

 

人々に出て行けと言われてイエスは、彼らの意志に反してそこにとどまろうとはされませんでした。
イエスは彼らの自由な選択を尊重されそこを出て行こうとされます。
彼らは、イエスのうちに到来している神の支配の現実を理解できなかったのでしよう。
わたしもその場にいたとしたら、同じようにしていたと思います。

 

●18節.「イエスが舟に乗られると、悪霊に取りつかれていた人が、一緒に行きたいと願った。」

 

それで、 「イエスは舟に乗ろうとされ」ると、汚れた霊どもから解放された人がイエスと一緒に行きたいと願っています。
このゲラサ人は、イエスに到来している神の支配の現実を、身を持って体験しました。

 

神の憐みに触れたゲラサ人は、心が燃え、感動しイエスについて行くことを願いました。実体験したのですから、これほど確かなことはありません。

 

●19節.「イエスはそれを許さないで、こう言われた。「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい。」」

 

ゲラサ人はイエスの弟子になりたかったのでしょうか。
イエスはそのゲラサ人に対し、「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい。」と言われました。

 

こうして、社会から隔離され、社会とまったく交わりのなかったこのゲラサ人が、家族や村の共同体の一員として受け入れられ、社会との交わりが回復されることになります。

 

そばで見ていた人たちは、その証人となります。
ゲラサ人はお供をしたいと願いますが、イエスは拒まれています。
なぜでしょうか。
それは、弟子としてイエスについて行くことも大切ですが、家に帰って癒されたことを喜びながら、体験を語りながら、祝福された人生を送ることも大切だと言っておられると思うのです。

 

ゲラサ人は、力強い神の支配の証人となったことは、次の章6章53節以降を読めば納得できます。

 

●20節.その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとくデカポリス地方に言い広め始めた。人々は皆驚いた。

 

ここでは、イエスはご自分がなさったことを誰にも話さないようにとは言われませんでした。
この出来事を体験したゲラサ人はもちろん、それを目撃した人々もイエスに来ている神の支配の証人となりました。

 

同時にそれは、ゲレサ人の社会復帰のための証人でもありました。
イエスは、ゲラサ人から大勢の汚れた霊を追い出されることによって、ご自分が霊界の支配者であり、キリストであることを示されたのです。

 

なお、悪霊の存在について、問題にする人もいますが、毎日ように起こる悲劇的な出来事の中には、悪霊の働きと思わなければ理解できない猟奇的な事件もあります。
一概に否定できないと思います。

その十二 ゲネサレトで病人をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第6章53から56節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書第14章34から36節です。
イエスは、ゲネサレトへ着かれてから、周囲の町や村を巡ろうとされたようですが、すでにイエスの病人の癒しの評判がガリラヤ中に知れ渡っていたのでしょ う。

 

周囲の町や村を巡るどころか、大勢の人たちがイエスのおられるゲネサレトへ押しかけてきました。

 

ゲネサレトは湖に面して、背後にかなり広い平野があって、北のカファルナウム、南のマグダラやティベリアス、ナザレやカナからも来やすいところにあるということですから、ガリラヤ中から病を持った人々がすがる思いでイエスのところへやってきたのでしょう。

 

●53節.こうして、一行は湖を渡り、ゲネサレトという土地に着いて舟をつないだ。

 

解説書を見てみると、ゲネサレトは湖に隣接して広がるティベリアス北方、カペナウム西方の肥沃な地域であって、ガリラヤ湖はこの地域の名によって「ゲネサレ湖」とも呼ばれているということです。一度行ってみたいですね。

 

●54節.一行が舟から上がると、すぐに人々はイエスと知って、

イエス一行は湖を舟で渡って新しい土地に来たのに、すぐにイエスが来られたことが噂になり、多くの人が、いやしを求めて集まってきました。

 

●55節.その地方をくまなく走り回り、どこでもイエスがおられると聞けば、そこへ病人を床に乗せて運び始めた。
●56節.村でも町でも、里でも、イエスが入って行かれると、病人を広場に置き、せめてその服のすそにでも触れさせてほしいと願った。触れた者は皆いやされた。

 

イエスがなされた数々の奇跡のゆえに、評判は非常に高まっていて、人々は奇跡にのみ期待をして、もはや教えには耳を傾けるどころではなくなっていました。

 

「せめてその服のすそにでも・・」(56節)と表現されているように、一人ひとり手を置いて祈っていただくのを待つのももどかしく、イエスの服にでも触ることで癒されたいという民衆の熱気が感じられます。事実服に触っただけで癒されました。

 

イエスの服に触れれば癒されるというように、物そのものが神的な力を持つかのように描かれていますが、それは服という物自体に神的力があるわけではなく、あくまで、イエスの服をとおして、病人の必死の願いに応えてイエスの体から神的力が発せられたということでしょう。

 

だから、彼らはイエスの服の裾に触ったのではなく、イエスに触ったのと同じであり、イエスの中に働く神的力に直接触れたということだと思います。
わたしは思うのですが、聖句を読んでいると、どこも「いやし」となっており「治療」とは書いてないのです。

 

イエスは「病をいやす」方ですね。「病気を治療」する方ではないのですね。
両者の違いはどこにあるのでしょうか。それは、病人をいやして病気を治す、ということではないでしょうか。
言い換えれば、病気と闘って、つまり、病気を外から押さえつけて薬で治すのではなく、病人をいやして自然治癒力を高めて病気を治すということでしょうか。
そのように思います。

 

イエスは病人を精神的、霊的にいやされたのです。そうすれば病人がもともと持っている自然治癒力が増して病気が治るのですね。
そういえば、現在でもお医者さんが書かれた本を読んでいますと、病気は医者が治すのではなく本人が治すのです。医者はあくまで自然治癒力を高めるために手助けをするだけですと、書いた本がありました。

 

56節では「せめてその服のすそにでも触れさせてほしい」と願った病人もいたのですが、これも藁にもすがりたい病人の気持ちがよくあらわれています。
日本でも、仏像などが人に触れられてピカピカになっているのをよく見ますが、これも仏さんの御利益にあずかろうとする信仰でしょうね。

 

物に触れて得られる感触は、人間の五感に直接働きますから、それだけ信仰を体験できます。
これが度を過ぎると、与えられた物そのものを拝むことになり、偶像礼拝になってしまいます。

 

その十三 湖の上を歩く
聖書箇所は、マルコの福音書第6章45から52節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書14章22から33節です。
マタイの福音書とマルコの福音書は大体同じです。
違うところは、マタイの福音書はマルコの福音書にはない記事を書き加えています。それはマタイの福音書第14章28節から33節のペトロの体験談です。
ペトロがイエスの命令に従って水の上を歩き、途中で怖くなって沈みかけ、イエスによって助けられるという記事です。
●45節.それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間にご自分は群衆を解散させられた。

イエスは五千人への供食の奇跡をなさったのち、疲れたので弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせました。
「強いて」ということは弟子たちが反対、あるいは嫌がっているのにということでしょうから、きっと、弟子たちは、イエスを群衆の中に一人残して自分たちは先に舟で向こう岸に渡るなどとてもできる相談ではなかったでしょう。

 

それに、弟子たちが舟を使えばあとからイエスが向こう岸に渡るときにはどのようにするのかという問題もあります。
イエスは、舟で向こう岸に渡ることを渋る弟子たちを「強いて」舟にのせたのです。
でも、弟子たちが心配することもなく、群衆はイエスの言葉に従って解散しました。

 

必要な人はほとんど癒されたのでしょう。
解散させられた理由をあえてもう一つ上げるならば、群衆の中でイエスをメシヤ(イスラエルの救い主)に担ぎあげようとする政治的な運動が強くなったから解散させられたのではないかと推測できます。

 

では、なぜイエスだけ残られたのでしょうか、それは46節以下の弟子たちから離れて山に登り、一人で祈るためでした。
ご自分の時間、いやご自分と父なる神の時間を持とうとされたのです。

 

●46節.群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた。

 

イエスは、疲れたので休息を得るために、あるいは下記のような理由があったのかも知れませんが、一人になり祈られます。
祈りは、父なる神と交わり、新たな力を得るために必要なことであったのでしょう。

 

45節と46節のイエスの態度には、何か強い意志が見られます。
それはおそらく、群衆と弟子たちがイエスに期待することと、イエスが弟子たちに伝えようとすることが、違っていることが明らかになったので、イエスは心を痛めて自ら離れ去っていかれたのだと思うのです。
その現実が、この後のイエスの神との交わり、長い祈りになったのだと思うのです。

 

●47節.夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた。

 

弟子たちは舟に乗って先に向こう岸に渡ろうとしています。
しかし、舟は湖の真中にあるときに、イエスはまだ陸地におられました。
弟子たちが乗りこんだ舟(小舟)は夕方には湖の真ん中まで来ていましたが、逆風のために漕ぎ手は大変だったでしょう。

 

調べてみると、この湖は、普通気象条件が悪くても6時間から8時間で渡れるということですから、明け方(午前6時ころでしょうか)になってもまだ湖の上にいたということは、やはり弟子たちはイエスを残してきたことが気になって湖上で、イエスの様子を見ていたのでしょう。いつでも戻れるようにと待っていたのかもしれません。

 

●48節.ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。

 

驚いたことに、イエスは湖上を歩いて弟子たちが乗る舟まで来られたのです。
「夜が明けるころ、」ですから、イエスは夜明けまで祈っておられたのです。
湖上で弟子たちは、山から来る強い風に邪魔されて思うように舟をこぐことはできませんでした。
ガリラヤ湖は、山に囲まれており、吹き下ろす風が強いということです。

 

●49節.弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。

 

月が出ていれば湖上は明るく、ガリラヤ湖に浮かんでいる舟は、陸からはっきりと見ることができますが、このときはどうでしたでしょうか、何も書いていません。
ただ明け方でも早い時間帯でしたら、湖上は暗かったでしょう。

 

弟子たちは、その暗闇の中に水の上を歩いて近づいてくる人影を認めて、幽霊を見ていると思い、恐れのあまり大声を出して叫んだのだと思います。
確かに夜の暗闇は人の心をおびえさせます。星明かりもない真っ暗な湖上で、風と波で舟はもまれて沈みそうになっています。
その恐怖の中でありえないこと、つまり、湖上に人影を見たのです。

 

弟子たちはさぞ恐ろしかったと思います。
それも、彼らはこともあろうに自分たちの師であるイエスを幽霊だと思ったのです。しかし、イエスは湖上を歩くご自分の姿を弟子たちに見せて何を語ろうとされているのでしょうか。

 

●50節.皆はイエスを見ておびえたのである。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。

 

この「わたしだ」の一言で、弟子たちはその人影がイエスであることが分かったのです。
この、「わたしだ」というイエスの言葉は、エゴー・エイミー「わたしはある」というギリシア語で、英語の I AM に当たるそうです。

 

本来旧約聖書では神の自己啓示の呼称(出エジプト記第3章14節から15節)だということです。

 

イエスはこのような言葉を使って自己を啓示されたのです。
はっきりと、御自分は神であるといわれているのです。これほど力強い言葉はありません。

 

その言葉に対し、ペトロはイエスに「主よ」と呼びかけますが、それは、イエスが自分の支配者であると認めていることになります。
これは明らかにペトロのイエスを主と告白する信仰告白です。
弟子たちは、人影が幽霊ではないイエスだと気づいた瞬間、未知の人影に対する恐怖心は吹き飛び、心が平安になりました。

 

暗闇の中ですから、弟子たちはまだイエスの姿をしっかりと認めてはいなかったでしょうが、おそらく「わたしだ・・」といわれたイエスの威厳ある声と言葉で、イエスを認め安心したのでしょう。イエスの言葉にはそれほど権威があるということです。

 

安心した瞬間、調子のよいペトロはすぐにつぎのようにイエスにねだります。
「すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」( マタイに福音書第14章28節.)。
ペトロがイエスのように湖の上を歩いてみたいと思ったのは、子供のような冒険心がそうさせたのでしょうか。

 

「あなたでしたら」と言っていますから、ペトロはイエスの権威にまだ少し不安があったのかもしれません。実に描写が細かいです。

 

マタイの福音書は、この時のペトロの気持ちについては、何も語っていません。
そのペトロの言葉に「イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。」(マタイの福音書第14章29節) 「しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。 」(同30節).「イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。 」(同31節)と続いています。

 

こうしてみると、このペトロの姿はまさに復活者イエスを信じて現世を歩むエクレシア(キリスト者の共同体)の姿であり、またクリスチャン一人ひとりの姿だと思います。

 

ここのペトロの言行でわたしが思うことは、救われるためには、信仰も行いもどちらも必要だということです。
信仰が先で行いが後、信仰があれば行いはいらないではないと思うのです。
そして、イエスは人間の弱さをよくご存じですから、そこに至った理由はどうであれ、助けを求めればすぐに助けてくださる方だということです。

 

わたしたちは、未知に出会えば心は恐れと不安におののきます。
それが人間です。このような言葉があります。「怖れと信仰は水と油。怖れのあるところには信仰はなく、信仰のあるところには怖れはない」。
その時にできることは、だだ「主よ、助けてください」と叫んで、イエスの言葉にすがるだけです。
でも、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と叱責されるのが目に見えます。

 

●51節.イエスが舟に乗り込まれると、風は静まり、弟子たちは心の中で非常に驚いた。

 

●52節.パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたからである。

 

弟子たちは気がつくと、イエスはすでに舟に乗っておられて、風も静まっていました。
弟子たちはこの体験にただ呆然とするばかりでありました。
一体何が起こっているのであろうか。マルコはただ起こったことをそのまま伝えているだけでしょう。

 

この物語の締めくくり方ですが、マタイの福音書とマルコの福音書で比べてみますと、マタイはこの湖上の顕現の物語を、14章33節で「舟の中にいた人たちは、『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ」という文を置き締めくくっています。

 

これはマルコの福音書6章52節の締めくくりの言葉「パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたからである。」と大きく違います。
言えることは、マタイの福音書では弟子たちはイエスを神の子と認識していたということで、マルコの福音書では弟子たちはイエスのことをまだよく理解していなかったということではないでしょうか。

 

弟子たちはこの事態にただ驚くばかりで、イエスのなされた奇跡の意味を、つまり奥義を理解するどころではなかったのではないでしょうか。
「この心が鈍くなっていた、」というのもよくわかります。
弟子たちがイエスの奇跡に何度も接し、驚いたり感心したりする間に、いつの間にか慣れてしまって心が鈍くなったということでしょう。

 

信仰生活に慣れてくるにしたがって、聖書を読んでいても心が鈍くなり、一言一言の言葉の意味をおろそかにするようになります。信仰にとってマンネリ化は大敵です。

 

なお、マタイの福音書14章27節にもマルコの福音書と同じように、「わたしだ」というイエスの言葉、すなわち、エゴー・エイミーという神の自己啓示の呼称が置かれています。

 

それから、この個所について次ぎのような見方もありますので、紹介しておきます。
水の上を歩いて来られるイエスの記事は、イエスが十字架で死なれた後、復活されガリラヤの漁師の仕事に戻っていた弟子たちに顕現された出来事を、生前の物語として重ねたものであるという見方です。

 

マタイの福音書には、イエスの復活の事実だけで、後の顕現の記事は書かれていません。マタイの福音書はイエスの復活後の顕現をこのように生前のイエスの活動の中に置いているということですね。

 

マタイとマルコの記事の違いは、そこから来ているのかもしれません。
マルコの福音書には復活後の記事はありますが、「結び」以降の記事は、後から継ぎ足したのではと言われています。

 

つまり、両福音書ともイエスの出来事を時系列で書いているのではなく、イエスの復活後の出来事を福音書全体で証していると言うことです。
福音書は歴史書ではないし、なされたことの記録でもないのでそれもありかなと思います。
福音書はイエスがどのような方かを語っているのですからね。

 

●53節「一行は湖を渡り、ゲネサレトという土地に着いて船をつないだ」、

 

ゲネサレは湖に隣接して広がるティベリアス北方、カペナウム西方の肥沃な地域であって、ガリラヤ湖はこの地域の名によって「ゲネサレ湖」とも呼ばれていたと言うことです。

その十四 二人の盲人をいやす
聖書箇所は、マタイの福音書9章27節から31節です。
共観福音書の並行個所はなく、マタイ単独の記事です。
●27節.イエスがそこからお出かけになると、二人の盲人が叫んで、「ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と言いながらついて来た。

 

イエスは「ある指導者」の死んだ娘を生き返らせた家を出て歩いておられると今度は二人の盲人が、「ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と言ってついて来ました。

 

この二人の盲人は、イエスを、「ダビデの子」と呼びました。
これは、何度も書いていますが、当時メシヤがダビデの王座を受け継ぐと言われていましたので、「ダビデの子」というのはメシヤの称号になっていました。
盲人たちは、イエスが来るべきメシヤであることをはっきり認識していたのです。もちろん、このメシヤはユダヤ人を救いに至らせるためのメシヤです。
だからこの二人の盲人はユダヤ人でしょう。
わたしたちが理解している、全人類の罪を贖うメシアではありません。

 

●28節.イエスが家に入ると、盲人たちがそばに寄って来たので、「わたしにできると信じるのか」と言われた。二人は、「はい、主よ」と言った。

 

イエスは二人の盲人の家に入られます。
ここは盲人を暗闇から、解放する権威、奇跡のみ業が示されています。
「わたしにできると信じるのか」という問いかけは、癒しのみ業には二人の盲人の信仰を確認する必要があったのでしょう。

 

メシヤは暗闇にいる人に希望を与える光です。罪によって暗闇の中に沈んでいる人々に解放と希望をお与えになります。
申命記28章28節・29節によりますと、盲目は神のさばきのしるしでしたが、彼らは、メシヤに盲目からの救いの望みをかけたのですね。

 

●29節.そこで、イエスが二人の目に触り、「あなたがたの信じているとおりになるように」と言われると、
●30節.二人は目が見えるようになった。イエスは、「このことは、だれにも知らせてはいけない」と彼らに厳しくお命じになった。

 

二人の盲人の答えには応答されないで、イエスは「あなたの信じているとおりになるように」と言われました。と同時に二人の盲人の目は開かれました。暗闇に希望の光がさしたのです。

 

「このことは、だれにも知らせてはいけない」というのは、イエスがメシヤであることを明確にするときがまだ来ていなかったのでしょう。
まだその時(十字架と復活)ではないのです。

 

●31節.しかし、二人は外へ出ると、その地方一帯にイエスのことを言い広めた。

 

彼らは目が癒されたので、うれしくて黙ってはおれませんでした。
彼らはその地方一帯にイエスに目を癒されたことを、イエスがメシヤだと言いふらしました。噂はどんどん広がって、やがてイエスを窮地に追いやるのです。

 

その十五 口の利けない人をいやす
聖書の箇所は、マタイの福音書9章32節から34節です。
共観福音書の並行個所はなく、マタイ単独の記事です。
●32節.二人が出て行くと、悪霊に取りつかれて口の利けない人が、イエスのところに連れられて来た。
●33節.悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆し、「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と言った。
●34節.しかし、ファリサイ派の人々は、「あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言った。

 

二人の盲人を癒されて、イエスはその家を出ましたら、すでにイエスの噂が癒された盲人の口によって広まっていたのか、「悪霊に取りつかれて口の利けない人が、」連れてこられました。
この口の利けない人をイエスは早速癒されたのですが、どのようにして癒されたのかは省略されています。

 

群衆は今まで体験したこともない事態であったので、驚嘆しますが、反面なぜその様なことができるのかいぶかしく受け取る人びともあります。
この時代、病は悪霊の働きだと言われていましたので、ファリサイ派の人々は、イエスにもともと敵意を持っていましたから、「あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と公言しました。

 

このように神の働きのあるところでは、その事態を神の働きを受け入れて神をあがめる者と、神の働きを否定して、悪霊の働きとしてしまう二つに分かれるのです。
中間は存在しないのです。どちらのグループに入るかは、わたしたちが各々判断すべきだということでしょう。

その十六 大勢の病人をいやす(マタイ)
聖書の箇所は、マタイの福音書15章29節から31節です。
共観福音書の並行個所はなく、マタイ単独の記事です。
●29節.イエスはそこを去って、ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。
●30節.大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。
●31節.群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。

 

この個所の結論は、31節の言葉でしょう
「イスラエルの神を賛美した。」(31節)と、わざわざ「イスラエルの神」と特定していますから、この群衆は異邦人(イスラエル人以外の人々)であったことがわかります。

 

そうです、イスラエルに使わされたイエスが、異邦人を癒されたことを語っているのです。
このようにして、イエスがユダヤ人に行われていた力あるみ業、人々を罪に中から解放するすばらしいみ業と同じものを、異邦人が受け取る事が出来ることを明らかにされたのです。

その十七 多くの病人をいやす(マルコ
聖書の箇所は、マルコの福音書第1章29節~39節です。
共観福音書の並行個所は、ルカの福音書第4章38~41節、マタイの福音書第8章14~17節です。
●29節.すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。
●30節.シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。

 

「シモンのしゅうとめ」というのは、十二弟子の一人シモンの妻の母親のことで、病気の癒しの話です。シモンは結婚していたと思われます。

 

●31節.イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。

 

ルカの福音書の並行個所は、第4章39節で、「イエスがまくらもとに立って熱を叱りつけられると、熱は引き」と伝えています。
それに対してマルコは「イエスがそばに行き、手をとって彼女を起こされると、熱は去り」と書いています。
イエスは、その病気が悪霊からの場合は、悪霊を追い出す命令の言葉を発せられます。

 

並行箇所であるルカの福音書でも熱病を悪霊の仕業として、「熱を叱り」というように、権威ある命令の言葉を発しておられます。

 

ここでは省略しているのかそのような言葉はありませんが、「手を取って起こされる」とありますから、イエスの「起きよ」という無言の命令(31節)が行動になり、無意識に床から起き上がったと見るべきだと思います。
その背景には姑のイエスへの信頼の心があるのでしょう。

 

つまり、信仰とは神の言葉に人が信頼の心で応えることであって、神と人が一つとなるときに驚くべき奇跡が起こるのでしょう。

 

●32節.夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。

 

シモンの姑が癒されたのは安息日の午後でした。会堂で悪霊を追い出されたイエスのことは、その午後の間に町中の評判になっていました。

 

ユダヤ教の律法では、安息日に病人を癒す行為は禁じられていましたので、「夕暮れになり日が沈むと」というのは、噂でイエスのことを聞きつけた住民が安息日が終わるのを待ちかねて病を癒していただくために押し掛けてきたことを意味していると思います。

 

住民は、ユダヤ人教師から、病気をいやすことは神の禁じる「働くこと」になる、と教えられていたと思います。
きっと、イエスは、そのような規則に縛られている彼らを憐れに思われたのでしょう。

 

イエスが、病を癒される場合は、憐みの故になされていることがほとんどだと思いますが、けっして、病気の癒し、悪霊の追い出しが、イエスがこの地上に来られた主目的ではありません。

 

病気の癒し、悪霊の追い出しは、イエスの中に神の支配が始まっていることを証していると思うのです。

 

●33節.町中の人が、戸口に集まった。
●34節.イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

 

シモンの家の戸口は安息日が終わるのを待ちかねて(当時は日の出から日没までが一日であるから)大勢の病人が押し掛けてきたのでしょう。

 

病気の癒しと悪霊の追い出しは、イエスの「神の国」宣教に付きものでした。それができるのは、イエスの言葉に権威があるからだと思います。

 

もちろん、その権威は神からきたもので、イエスのなされる奇跡は神の御業と言えます。それは、イエスは父なる全能の神と一体であるから、当然です。
悪霊は、イエスが神の子であることを知っていました。

 

それは、悪霊も神の子であるイエスも同じ霊界の存在だからでしょう。
そのイエスは悪霊にご自分のことを話すのを禁じられました。
イエスが、そのように言われたのは、御自分が、神の御子であることを人々に知っても民衆は理解できないと思われたのでしょうが、なによりもまだその時ではなかったからだと思います。

 

まだまだこの地上で、わたしたちに伝えるべきこと、やるべきことが多くあったのだと思います。
ご自分が神の子であると公になれば、ユダヤ教指導者はイエスをほっては置かないでしょう。
何度も書きますが、イエスはまだ十字架にかけられ殺されるわけにはいかないのです。やるべきことがたくさんあるのです。

 

●35節.朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。

 

イエスはおそらく毎早朝祈りによって父なる神と交わり力を得て、霊的生命を充実させておられるのでしょう。
朝早く起きて人がいないところで祈る。イエスはどんなに疲れても祈りを疎かにされることは無かったのでしょう。
見えざる父との祈りの交わりこそ、イエスの力の源泉であったのでしょう。

 

人々が深い眠りの中にある時、イエスはただ一人誰もいない寂しい場所に行って父なる神との交わりを求めておられたのでしょう。

 

●36節.シモンとその仲間はイエスの後を追い、
●37節.見つけると、「みんなが捜しています」と言った。

 

イエスは朝早く人々を避けて、人のいない静かなところで父なる神と交わるために祈っておられたのでしょう。
そこへシモンとその仲間がやってきて「みんなが捜しています」とイエスに伝えます。

 

病をいやすことも、悪霊を追い出すこともでない、その方法も力も持たない大勢の人々が、藁にもすがる思いで朝早くから助けを求めて、イエスを探しているのです。
人びとはイエスに、自分たちの土地に留まってほしいと思っていたでしょう。

 

でも、イエスは、人間の病をいやすためにこの世に来られたのではありません。
神の国の福音を述べ伝えに来られたのです。
病気の癒しや、悪霊の追い出しはそのための手段に過ぎません。
イエスには、この地上にいる間に、まだまだやるべきことがあります。

 

●38節.イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」

 

イエスの冷たい言葉ですが、それもやむをえません。
神の国を述べ伝える福音は、この地上にいるときに、できるだけ多くに人に知らせる必要があるのです。

 

イエスがこの世に来られたのは、一握りの人間の願望を満足させるためではないのです。そこを出て、次の町、隣の集団へと進んで行かなければならないのです。

 

状況から見ると、おそらく人々はイエスに福音以外のものを見て、すなわち、
イエスを魔術師とか、悪霊払いと同じように思っていたのだと思います。
しかし、イエスの願われていたのは、ただ一つ、人々が悔い改めて、福音を信じることでした。

 

イエスが福音を伝えても、人々は病を癒されたい一心で、イエスの言葉よりも奇跡だけを求めるようになります。
人々の心がそのようになったとき、イエスは、他の村里に行くことを選ばれたのでしょう。

 

●39節.そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪魔を追い出された。

 

ガリラヤでの宣教活動の初期においては、イエスはおもにユダヤ教の会堂で「神の支配」の到来を宣べ伝えておられました。
イエスの福音は、この時代はユダヤ教の中の一つの派閥のような感じであったのだと思います。

 

神の民イスラエルの歴史は、預言者において預言された通り、神のご計画の中で、イエスにおいてその目的地(救い主の到来、終わりの日の到来)に到達しました。
そして、新しい約束のみ業の完成のためにイエスはわたしたちを導かれます。
イエスは言われています。

 

マタイによる福音書5章17節「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。」。
この言葉の意味は、イエスにおいて成就したイスラエルの歴史全体(旧約聖書)が世界に対して神の言葉となり、救済の御業となるということでしょう。

 

こうして見ると、イエスが奇跡をなし、悪霊の追い出されたのは、神の支配が到来したという福音を宣べ伝え、それをわたしたちに事実として信じさせるためでもあったと言えます。

 

イエスの言葉は、単なる口先の言葉だけではく、同時になされた奇跡的現象はイエスご自身の内に神の支配が到来している、すなわち、終わりの日が現実に到来している「しるし」が伴っていたのです。

 

その十八 汚れた霊に取りつかれた男をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第1章21節から28節、ルカの福音書4章31節から37節です。
マルコの福音書第1章
●21節.一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。
●22節.人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。
●23節.そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。
●24節.「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか正体は分かっている。神の聖者だ。」
●25節.イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、
●26節.汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。
●27節.人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」
●28節.イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。
ルカの福音書第4章31節から37節
●31節.イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。
●32節.人々はその教えに非常に驚いた。その言葉には権威が会ったからである。
●33節.ところが会堂に、汚れた悪霊に取りつかれた男がいて、大声で叫んだ。
●34節.「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
●35節.イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った。
●36節.人々は皆驚いて、互いに言った。「この言葉はいったい何だろう。権威と力とをもって汚れた霊に命じると、出て行くとは。」
●37節.こうして、イエスのうわさは、辺り一帯に広まった。
現在でも悪霊祓いはよく行われます。

 

テレビを見ていても悪霊払いの番組をよく見ることが出来ます。
聖書でもイエスはよく悪霊祓いを行いましたが、その内容を見てみたいと思います。共観福音書はマルコとルカの福音書です。

 

当時のユダヤ教では律法と言われる場合は旧約聖書の最初の五書(モーセ五書)というより広い意味で旧約聖書全般を指していると思います。
律法の研究とは旧約聖書を研究することで、研究する人を律法学者と呼んでいたのでしょう。

 

学問として聖書を学ぶことは大切だと思うのですが知識に溺れないようにしたいと思います。
聖書の知識が深まると、知識が信仰に到達する道のように錯覚する事があります。そうであれば、聖書知識に詳しい特定の人に信仰に導く権威が与えられ、また知識のない人には福音は伝わりません。誰でもが平等に福音を受け取る機会が与えられなければなりません。

 

人間は知識が好きですからね。わたしの妻は聖霊の働きに重点を置いていますので、わたしが知識で理屈をこねると意見が合わなくて困ることもあります。

 

さて、先の聖句ですが、イエスが会堂で「権威ある者としてお教えになった」と書いてあります。
権威を持って語られたのでしょう。いわゆる、カリスマを持っておられたのでしょう。言葉にも人を圧倒する不思議な力があったのでしょう。

 

それはきっと霊的な力だと思います。聖霊が働かれるときには、説教を聞いている人の心が開かれて、その人の潜在意識が顕わになります。
聖霊の働きの前では、何事も隠すことが出来ないと思います。
だから、聖霊はわたしたちの心の奥底にある悩みや苦しみも慰め励ますことが出来るのでしょう。

 

心に罪があれば、その罪を顕わにして悔い改めに導きます。
聖書を読んでいて、説教者の説教を聞いていて、罪悪感を覚え、または何らかの理由で張りつめていた心が癒やされて泣けてくることがよくありますが、そのような現象も聖霊の働きと思っています。

 

もちろん、メセージで感情が高ぶりそのような現象が起こることもありますが、それでは説明しきれないこともありますのも事実です。
イエスは聖霊と一体です。その方が語り始められたのです。凄かったでしょうね。その場の雰囲気が一瞬にして変わったことでしょう。

 

それをこの聖句では、「驚いて」とか「これはいったいなんだろう?」と言う恐れを抱いた言葉で表現しています。
ルカはその言葉には権威があったと言っています。
人間は異次元の存在に触れると恐れをもつと聞いています。それと近い状況かもしれません。

 

イエスは悪霊に対し何も言わないのに、会堂の中にいる人に取りついていた悪霊が突然たまらなくなって叫びをあげたのです。(マルコ24節)
それに対しイエスは、「黙れ。この人から出て行け」(マルコ25節)と悪霊を叱られました。

 

この叱るとあるのは、単に言葉で叱るのではなく、その言葉には超越的な力が働いていたのでしょう。人間が言葉で叱っても悪霊は驚きもしないし、出ていきません。
悪霊はイエスのことを知っていたのです。

 

だから、「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか正体は分かっている。神の聖者だ。」と叫びました。
イエスも悪霊も同じ霊界の存在ですから悪霊はイエスのことを知っていたのでしょう。

 

イエスが、「黙れ。この人から出て行け」と叱られますと、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行ったのです。
イエスの言葉は神の力ですから圧倒的な力があるのです。
というより、最初から悪霊はイエスには勝てないことを知っていたのでしょう。

 

イエスは神の聖者だということを知っていたのです。それでは、さすがの悪霊もひとたまりもありません。
マルコは27節で、イエスの言葉を人々が「権威ある新しい教えだ」と言ったと書いています。
ルカ36節で、「権威と力をもって」と書いています。権威とはすなわち霊的な力と言えると思います。

 

聖書学者の説明を読みますと、ヘブライ語の神は「エロヒーム」といい、これは「力」(エール)の複数形だと言うことです。
神は力なのです。聖霊も力、だからイエスの言葉にも力があるのです。
もちろん、この力は破壊の力ではなく新しい事態を創造する力だと解説されています。

 

イエスの権威ある言葉とテレビでよくやっているいわゆる悪霊祓いの儀式とを比較してみますと、テレビでよくやっている悪霊祓いでは、わけのわからない呪文を唱えて長々と儀式を行ないます。お金もいります。

 

でも、イエスの悪霊祓いはただの一言です。マルコ25節にあるように「黙れ、この人から出て行け」の一言です。
それに悪霊はイエスが何も言わないのにイエスのことを知っていておびえています。もちろん、お金はいりません。

 

マルコの言葉とルカの言葉とを併せてこの事態を表現すると、「イエスが叱られますと、その人は「痙攣を起こし、全員の真ん中で倒れて転げ回り、ああ!と大声を出して叫んだ」となります。
この場面を創造すると、悪霊追放は想像を絶する驚くべき事態であったと思われます。

 

なお、わたしはここまで悪霊がこの世に存在することが当たり前のように書いてきましたが、悪霊など存在しないと主張する人たちがおられるのは知っています。
いろいろな書物を読み、体験者の話を聞き、もちろん聖書を読み、わたしは悪霊追放の事態は現実に存在すると思っています。

 

証拠を見せろと言われても困るのですが、テレビでやっている悪霊払いも全てが事実だとは思いませんが、中には事実もあると思っています。
わたしは、悪霊体験をしたことがありませんが、聖霊体験をしたことがあり聖霊の存在を信じていますので、悪霊が存在しても不思議ではないと思っています。

 

誰でも長い人生の中で、理屈では説明できない不思議な体験は有ると思います。
だからわたしにとっては悪霊が存在するかしないかではなくて、そのような体験をどのように見るか、どのように捉えるかの問題なのです。

 

では聖書でいう悪霊の仕業を見てみますと、偽りの神を礼拝することや魔術や呪い。精神異常、痙攣、言語障害、視力障害、自殺行為なども悪霊の仕業とされていました。

 

ただし、このような症状のすべて悪霊の仕業ではなく、同じ症状でも、病気の場合と悪霊の仕業の場合があると思います。
また当時は悪霊の仕業と思われていた症状も医学が発達して悪霊の仕業ではなくなったものもあると思います。
病気を純粋に医学的にとらえるなら、悪霊の仕業と言える病気は存在しないことになります。

 

でも、現実には医学的に説明できない症状(あるいは死亡例など)もあると思います。
雑誌でお医者さんの話として読んだのですが、退院を前にした患者さんが、突然症状が悪化して亡くなることがあるそうです。
もちろん、その原因もわからなかっということです。

 

わたしも原因の分からないちょっとした病にかかりまして病院に行ったのですが、その症状を見ても先生は分からなかったので、わたしは「お医者さんでも分からない病気は有るのですか」と聞きましたら、「分からないことばかりですよ。」と答えられました。
はっきりと病名が付けられない症状を示す病気?があると言う意味で答えられたのです。

 

何かの本で読んだのですが、そういう場合は、そういう症状を特定するのに「何とか症候群」と名前をつけていると書いてありました。
そうそう、クリスチャンの中にはお医者さんが多いような気がします。
知り合いのお医者さんが言っていました。

 

人体を研究していると、その素晴らしさに驚嘆すると言うことです。
とても人間にできるような業とは思えないし、何者かの手によらなければ、進化論でいうように、自然発生的に出来るなんて考えられないと言うことです。

 

それでは、日本でよく聞きます狐に憑かれると言う状態も悪霊の仕業でしょうか。
もし悪霊の仕業なら、悪霊に憑かれるのは病気ではないので、異常な状態も治まると言うことです。

 

あなたは幽霊の存在は認められますか。人により意見が違うでしょうが、少なくとも、否定する根拠は何もないと思います。
もし、幽霊のような存在がなければ幽霊と言う言葉もないはずですから、何らかの現象が現実にあるのは確かだと思います。

 

東北の震災で、津波に流されて亡くなった方が幽霊になって出てくるという話がありますが、わたしはその話を信じます。
災害に合われた方はきっと突然の出来事で何が起こったがわからず霊界をさまよっておられたのかも知れません。
次に問題となるのは、異教と偶像礼拝と呪いの類です。
これを悪霊の仕業と見るかどうかは難しい問題です。

 

クリスチャンで、お寺とか神社を悪霊の棲みかと決めつけて寄り付かない人を知っています。
わたし個人はあまりこだわっていません。
そういう場所が問題になるのは、おそらく信仰の対象を悪霊が利用し、人を惑わすこともあるからではないでしょうか。

 

本当に信仰を持っておられる方には失礼かもしれませんが、わたしは、お寺とか神社は信仰の対象と見るのではなく、日本文化の一つと見るようにしています。仏像は古美術品ですね。

 

現在は科学万能の時代です。しかし、まだまだ人間にはわからないところが多くあります。わたしたちは目に見える世界しか、五感で感知できる世界しか知りません。だからと言って、目に見えない世界がないとは言えません。むしろ未知の部分が余りにも多い現実をみると、存在すると思った方が正解かもしれません。

 

目に見えない世界が存在するということは、霊界も存在すると言うことになると思います。そのことを明確に語っているのが聖書なのです。

その十九 五千人に食べ物を与える(マルコ)
聖書箇所は、マルコの福音書第6章32節から44節 /マタイの福音書第14章13節から21節/ルカに福音書第9章10節から17節です。
マルコの福音書第6章
●32節.そこで、一同は舟に乗って、自分たちだけで人里離れた所へ行った。
●33節.ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見て、それと気づき、すべての町からそこへ一斉に駆けつけ、彼らより先に着いた。
●34節.イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。
●35節.そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。
●36節.人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」
●37節.これに対してイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とお答えになった。弟子たちは、「わたしたちが二百デナリオンものパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」と言った。
●38節.イエスは言われた。「パンは幾つあるのか。見て来なさい。」弟子たちは確かめて来て、言った。「五つあります。それに魚が二匹です。」
●39節.そこで、イエスは弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じになった。
●40節.人々は、百人、五十人ずつまとまって腰を下ろした。
●41節.イエスは5つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。
●42節.すべての人が食べて満腹した。
●43節.そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の篭にいっぱいになった。
●44節.パンを食べた人は男が五千人であった。

マタイの福音書とルカの福音書の並行箇所の聖句記載は省略します。
わたしにはこの5000人に食べ物を与える奇跡物語が福音書になぜ採用されたのかもう一つ分からないのです。
ただ、イエスがこのような奇跡を起こされましたと言うだけの理由なのでしょうか。

 

なにしろ、共観福音書三つ全部に書かれているのですから、福音書を著すに際し、省くことが出来ない相当重要な物語のはずです。
イエスは、5つのパンと2匹の魚で5000人が満腹するほどの食事を与えらました。

 

それにイエスは、この奇跡をおこなうのに、誰からも頼まれないのに、求められもしないのに自ら言いだしておられます。
だから、いわゆる賜物の奇跡と言えます。
この奇跡は事実あったことをそのまま書かれただけなのでしょうか。
この奇跡をなされたのは、お腹をすかしている群衆に食べ物を与えるだけであったのでしょうか。

 

群衆はイエスに必死で空腹を訴えていませんし、それに、イエスは群衆に食べ物を与えるに際し、何も語りかけておられません。
それに、これだけ大きな奇跡なのに 弟子たちもそのほかのだれも驚いたり喜んだりした様子が描かれていないのです。
淡々と当たり前のように書かれているのです。これは何を意味するのでしょうか。

 

はたしてこれは荒唐無稽な作り話でしょうか。
それにしても、5000人の前で奇跡を行われたのです。
作り話ならば、その5000人の内の何人かはこれらの福音書が書かれた時にはまだ生きていたはずですから、すぐに嘘だと分かるはずです。

 

そうであれば、異論がでて聖書には残らなかったと思うし、たとえ残してもそのような聖書を誰も信用しません。
それに、作文ならさも事実らしくもっと詳しく書くはずです。
このように出来事だけを書きません。

 

それでは、三人の聖書記者が申し合わせて嘘の物語を書くでしょうか。
三つの福音書は、それぞれ出来た時代も場所も違いますので、打ち合わせなどできるはずがありません。
聖書記者は、イエスの言葉に命をかけて信じた信仰者です。
人は、自分の作文のために命を賭けません。

 

福音書はイエスが無くなってから記憶も薄れる20年以上たって書かれていますし、イエスの伝記を書いたものでもないとすると、イエスが生前に実際行われたことを、復活されたイエスの御霊が福音書著者に働き、思い出させて書かせたのでしょうか。

 

そうであるならば、この物語で何かを伝えるためとか教えるために書かれたと言えます。
聖書記者の体験に裏付けられた信仰告白といえます。
だから何かを訴えようとして書かれているはずです。

 

この物語は、事実無根ではなく、一部の真実(イエスの語られたこととか実際に行われたことで)があってそれが基になりこのような物語になったという見方もあります。
もちろん、それらもキリスト教ですから、イエスの御霊、聖霊の働きがあっての話です。

 

ただ言えることは、福音書の記者は信仰者ですから、福音書は記者の宗教体験に基づき、信仰により確信を持って書かれているということです。
もし、この奇跡物語が作り話なら、供食は手段で、目的は、教えの内容を説明する為でなければなりませんが、いろいろと教えられたとあるだけで、その内容は何も書かれていません。

 

並行箇所のルカ9章17節には、「すべての人が食べて満腹した。パン屑と魚の残りを集めると、十二の篭にいっぱいになった」と明白な事実が書いてある、つまり、群衆が実際に食物を食べたことを確認していますから食物を供食したという出来事以外に他の解釈は考えられません。

 

何度も書きますが、著者は、復活のイエスを体験した信仰者です。
生涯をかけて、命をかけてイエスを信じている信仰者です。
命をかけて信仰する教祖をかたって物語を造るようなことをできるわけがありません。

 

あとでそれが嘘だとばれればだれもそのような福音書を信じません。信仰者にとっても致命傷となるでしょう。
結論として、作り話なら著者は何かの目的があって書くものです。
ところが、著者の意図は何も書かれていません。
ただ事実だけを淡々と述べているという感じです。

 

ということは、やはりイエス御自身が生前に実際に行われた奇跡であって聖霊が聖書著者に書かせたと言えるのではないでしょうか。
この奇跡は、人間の力を完全に超越した神からの恵みと考えます。
恵みならば、「食物はともに分けて食べればみんなが満足するが、取り合いになれば食物は不足する」ということです。

 

でも、それだけでしょうか?
実は、この5000人への食べ物の奇跡は、ある種の革命運動ではなかったか?という解釈があります。
男だけとあるのや、人々の行動や、組み分けの組織を見るとこれは当時の軍隊の組織に似ているからです。

 

イエスを担ぎ出して政治的な革命運動へつなげようとする動きがあったと言うことです。

 

ただし、このような軍事的革命的な解釈は、マルコの福音書にしか書かれていませんが、その描写が、「百人、五十人ずつまとまって腰を下ろさせる」というように具体的なので、そのような見方が出てきたのでしょうが、並行箇所のマタイの福音書第14章21節に「食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。」とありますから、軍隊組織であれば女子供が入るのはおかしいので、そういう見方は間違いではと思います。

 

ヨハネの福音書には、この奇跡の後で、「人々がイエスを王にしようとするために連れていこうとした、イエスはこれを知ってひとりでまた山に退かれました」(ヨハネの福音書第6章15節)とあります。
したがって、イエスをリーダーにして革命を起こそうとした人たちに対して、イエスがパンを与えてこれを鎮めようとしてパンの奇跡を起こされたと見ることもできます。

 

なんとなく、この奇跡をなされた意味が見えてきました。
イエスが熱心に神の道を教えておられるうちに、日も暮れて、群衆は空腹のためにいらいらしていたのかもしれません。
革命を期待している群衆が過激に走るかもしれません。早くからその様な殺気があったのでしょう。
イエスも感じていたので、群衆の意向に沿っていると見せかけるために百人とか五十人に分けて座らせたのでしょう。

 

その上で、群衆に食物を与えたので何とか治まりましたが、それでもまだイエスを担いで革命運動を起こそうとしたのでイエスは山に逃げられた、と推測します。
革命運動を期待した群衆の集まりであったという解釈を補足するものとして、マルコ6章39節他に「青草の上に」座ったという記述がありますから、この出来事が起こったのは春だと言うことが分かります。

 

調べてみると、これは十字架の過越の前の年の春だと言うことです。
当時のユダヤ教の信仰では、メシヤ(救い主)は過越の祝祭の時に来て、イスラエル王国を再建すると期待していました。

 

民衆が期待していたメシヤは、神から油を注がれ(聖別された)任じられた王であって、イスラエルを異教徒の支配から解放してイスラエルが歴史上もっとも国家として繁栄していたダビデ王国時代のような国家を再建する政治的指導者として期待していました。
そのような指導者をイエスに期待したと言うことです。

 

ヨハネの福音書第6章60節から65節に、おそらくイエスを担いでの革命を期待していたであろう十二使徒以外の多くの弟子たちが、イエスの教えの霊的な意味を理解できずに、イエスの教えが自分たちの思惑と違っているのを知って失望して去っていく個所があります。

 

その時から事態は一変して、イエスは十字架に向けてまっしぐらに歩んで行かれました。
そのような出来事があったことは、上記の解釈を補足するものになるのではないでしょうか。

その二十 耳が聞こえず舌の回らない人をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第7章31から37節です。
共観福音書の並行個所はありません。
マルコの福音書第7章
●31節.それからまた、イエスはティルスの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた。

 

デカポリス地方もティルスの地方と同じく異邦人(ユダヤ人以外の人)の住んでいる所で、そこを通り抜けてガリラヤ湖にやってこられました。
ユダヤ人の住んでいるところはユダヤ教指導者層の監視の目が厳しいのでそのようにされたのでしょう。

 

●32節.人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願った。

イエスがガリラヤ湖に来られると、「耳が聞こえず舌の回らない人」が人に連れられて来ました。
「その上に手を置いてくださるようにと願った。」とありますから、患者がその様に願ったということでしょう。
イエスと患者は、このときすでに意思の疎通ができていたということでしょう。

 

●33節.そこで、イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた。

 

「指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた」、とありますが、どういうことでしょうか。
ずいぶん変わったやり方ですね。何かのお呪いみたいです。
イエスは他の個所では、病をいやされるときは、相手方に信仰を確認されています。

 

この場合は、どのようにして信仰を確認したのでしょうか。何しろ、相手は耳が聞こえないしうまく話せない人です。
ただイエスが彼を群衆から連れ出されたので一対一の会話もされたのだろうと思いますが、耳が聞こえない彼とどのようにして会話されたのでしょうか。
イエスは相手の心を読みとることができるお方ですから、その様な心配はいらないかもしれません。

 

●34節.そして、天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。これは、「開け」という意味である。

 

この節の注目すべき言葉は、「エッファタ」だと思います。
「エッファタ(開け)」と、イエスは「天を仰いで深く息をつき」ですから、万感を込めて開けと叫ばれたのです。
この言葉は、アラム語で、イエスが発せられた言葉をそのまま保存しているのです。

 

イエスが発せられた言葉をそのまま残しているということは、おそらく、その場面が非常に印象的であったので、弟子たちはその言葉に強い関心を持ち発せられた言葉をそのまま残したのでしょう。

 

聖書にはこのような個所があちこちにあるのです。
だから聖書が作り話だとはとても思えないのです。
聖書はのちの教会によって改ざんされているから信頼できないなどともよく言われますが、そうであれば、発せられた言語をそのまま残すでしょうか。

 

写本を書くとき、翻訳するときにはわかりやすい言葉に書き換えるはずです。
それに、この個所を読んでいると、その場の様子がなまなましく伝わってきます。
それは、イエスの癒しの場面を実際に目撃していた人から伝えられたものだからではないでしょうか。

 

●35節.すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった。

 

イエスの「エッファタ(開け)」の一言で、この人の耳はたちまち開いて聞こえるようになりました。
言語器官に障害があったのか、うまく話せなかった言葉もはっきりと話すことができるようになったのです。

 

この人は、言葉がうまくしゃべれなかったということですから、生まれつきの障害者でなく中途障害者でしょうか。
悪霊の力に捕えられてうまくしゃべれなかったように見受けられます。

 

●36節.イエスは人々に、だれにもこのことを話してはいけない、と口止めをされた。しかし、イエスが口止めをされればされるほど、人々はかえってますます言い広めた。

 

「だれにもこのことを話してはいけない」とイエスが言われる個所は、たびたび出てきます。
イエスが口止めされたのは、まだイエスの時(十字架の時)がきていないからでしょうか、それとも騒ぎが大きくなるのをきらわれたのでしょうか。

 

よくわかりませんが、病気癒しとか奇跡を行なうイエスを見て、病気を癒された本人はもとより、その出来事を見た人びとは黙ってはおれなかったのです。
イエスの評判がすでにガリラヤだけでなく、その周辺の異邦人の多い地方にも広まっていたと思います。

 

誰でも、驚くべきことを眼にすれば、体験すれば人に言いたくなるものです。
いくらイエスに口止めされてもダメでしょう。
こういう霊能信仰、病気癒しの伝道、奇跡信仰で信者を増やす新興宗教はいまでも盛んですが、それらが真実かどうかは別にして、イエスの場合と違うのは、イエスは一部の信徒の前で奇跡をおこなうのではなく、一般大衆の前で奇跡をおこなわれることです。

 

そう、東京のど真ん中、永田町あたりで、多くの大衆の面前で奇跡をおこなっておられるのです。
それらは、イエスの奇跡が事実であることを証しています。

 

イエスがこの世に来られたのは、そのような一地域の一部の人の病の癒しではなく、全世界の人類の罪の購いと、神の支配の到来を告知することが目的だったからです。
イエスが、一地域の一部の人を癒されたのは、イエスの深い憐れみゆえと思います。

 

●37節.そして、すっかり驚いて言った。「この方のなさったことはすべて、すばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる。」

 

ここはその場にいた人たちのイエスに対する評価です。
彼らはユダヤ人ではなく異邦人ですから、イエスがキリストであるとか、メシヤであるとかの認識はなかったと思います。
そうしたイエスの関する知識を持たない人が、素直に客観的にイエスを見て、この方のなさることはすばらしい、と言ったのです。

 

そして、「耳の聞こえない人」と「口の聞けない人」と分けて感嘆の言葉を残しています。
両方の障害を一度に直された、と言って、非常に驚いたということでしょう。当時の素朴な民衆の反応だと思います。

その二十一.四千人に食べ物を与える
聖書箇所は、マルコの福音書第8章1から10節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書15章32節から39節です。
●1節.そのころ、また群衆が大勢いて、何も食べる物がなかったので、イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。
●2節.「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。

 

この1節と2節は、先の五千人の供食(マルコの福音書第6章30節から44節)と内容はほぼ同一ですが、別の出来事の伝承であるとされています。

 

二つの記事を比べてみますと、五千人と四千人、五つのパンと七つのパン、十二の篭と七つの篭、二匹の魚と少しの魚とまず数の違いが目立ちます。
細部においても少し違いがありますが、出来事の内容自体は同じだと思います。

 

数字や細部の違いは、出来事が語り伝えられていく伝承の過程で違って伝わり生じたものと思います。
違いが少しで、ほぼ内容が同じだから一つの出来事が二つの伝承になったとも一概にいえないと思うのです。

 

マルコの福音書とマタイの福音書は、おそらく、二つの伝承を出来事が二度あったものとして福音書に書いているのでしょう。
ルカの福音書は五千人への供食のみ記載し、四千人への供食を省略しています。
ルカは五千人の供食を書いて四千人の供食は書いていないのですが、同じ伝承は二つもいらないという合理的な考えの人物なのでしょうか。

 

それでも、三つの福音書とも供食の出来事を書いているのを考えると、供食の出来事は事実あった出来事だと推測されます。
この供食の出来事に共通することは、イエスは自ら進んでこの奇跡の業を行われたということだと思います。

 

その動機は2節にあるように、「かわいそうに」と言われたように憐みです。
そして、「三日間もわたしといっしょにいる」とありますので、群衆は、イエスの奇跡の業と教えが、珍しくもあり驚きの連続でもあったので、食べ物を持参してついて回っていたのでしょう。
しかし、その持参した食べ物も三日間で食べてしまって、なくなってしまった、と言うことでしょうか。

 

●3節.空腹のまま家に帰らせると、途中で疲れきってしまうだろう。中には遠くから来ている者もいる。」
●4節.弟子たちは答えた。「こんな人里離れた所で、いったいどこからパンを手に入れて、これだけの人に十分食べさせることができるでしょうか。」

 

3節のイエスの言葉は、お腹をすかした群衆を憐れんででた言葉でしょう。
弟子は、四千人に食べ物を与えことなど不可能なので、そのイエスの言葉に途方にくれました。

 

しかし、弟子たちは4節の言葉からすると、イエスの様々な奇跡を今までに何度も目にしているのに、イエスにすがろうとしなかったのです。

 

●5節.イエスが「パンは幾つあるか」とお尋ねになると、弟子たちは、「七つあります」と言った。

 

イエスは「パンは幾つあるか」と誰からも懇願されていないのに尋ねました。手元にあるパンは、この前の五千人への供食の奇跡では5つでしたが、ここでは、七つになっています。

 

●6節.そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンを取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、人々に配るようにと弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。
●7節.また、小さい魚が少しあったので、賛美の祈りを唱えて、それも配るようにと言われた。

 

前回の奇蹟では、イエスは群衆を組に分けて座るように言われましたが、ここでは単に座るように言われただけです。

 

前にも書きましたが、組に分けて座らせたのが、軍隊式だとする意見もありますが、マタイの福音書第15章38節に「女と子供を別にして、男が四千人」とありますから、この場には女性も子供も大勢いましたのでそういうことではないと思います。

 

6節の「人々に配るようにと弟子たちにお渡しになった」とありますが、前回も、イエスは弟子たちに与えて、弟子たちに配らせました。
一人ひとり渡してもよかったのに弟子に渡されて配られたのです。

 

この奇蹟の出来事を、弟子たちが見るだけでなく、関わりを持つようにされたのです。つまり、イエスと弟子の共同作業です。意味深長です。
といっても、四千に食べ物を分け与えるのですから、イエス一人では大変ですから、弟子たちの手も必要とされたのでしょう。

 

●8節.人々は食べて満腹したが、残ったパンの屑を集めると、七篭になった。

 

前回の奇蹟では、残ったパンの数は十二の籠に入っていました。
みんなが満腹するほど食べたのに、残ったパンは元々あった数より増えているのです。

 

「残ったパンは元々あった数より増えている」というように、一粒の種が多くの実を結ぶように、神の国とはそういうところなのでしょう。

 

●9節.およそ四千人の人がいた。イエスは彼らを解散させられた。
●10節.それからすぐに、弟子たちと共に舟に乗って、ダルマヌタの地方に行かれた。

 

群衆が満腹になったので、イエスは解散させました。
そして、すぐにダルマヌタ地方に行かれました。そのときにイエスは群衆に言われました。

 

ヨハネの福音書第6章26節に「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからでなく、パンを食べて満足したからだ」とありますから、解散させられた群衆は、おそらくその場を逃げるように去られたイエスを捜したのでしょう。

 

おそらくイエスは、群衆がイエスを探している動機が変わってしまったのに気付かれたからその場を離れられたのでしょう。
人々はイエスの新しい教えとか病のいやし見て驚き、その上に食べ物も得ました。
その気持ちが、もっと何かを得たい、というように貪欲に変わったのだと思うのです。

 

人間の欲望はきりがないですからね。
ですから、イエスは群衆から離れられて、ダルマヌタ地方(ガリラヤ湖の西側の岸に当たる)に去られたのでしょう。
しかし、供食の奇跡は初めてであったのに、イエスの弟子たちの驚きの言葉がありません。

 

弟子たちは当然のように受け止めている感じです。
それにイエスは群衆の信仰も求めていません。
このようにこの奇跡をみますと、この奇跡は、わたしたちの必要をご存じで、必要を満たしてくださる賜物の奇跡といえます(マタイの福音書 第6章8節他)。

 

賜物を戴くのに、行いも信仰も必要としないのです。
信仰を必要とするいやしの奇跡のあとにこのような賜物の奇跡を行われたことは、そこに何か意味があるのではないでしょうか。

その二十二.ベトサイダで盲人をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第8章22から26節です。
共観福音書の並行個所はありません。
●22節.一行はベトサイダに着いた。人々が一人の盲人をイエスのところに連れて来て、触れていただきたいと願った。

終わりの日におこるべきしるしは、旧約聖書イザヤ書第35章5節6節によると、「そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。荒れ野に水が湧きいで/荒れ地に川が流れる。」と預言されていました。

 

マルコは旧約聖書の終わりの日に起こるべき預言の成就の一つの出来事としてこの「盲人をいやす」奇跡を書いたのだと思います。
マタイの福音書は、明確に第11章5節でそのように伝えています。
そして、イエスがイザヤ書で預言された、来るべき方であると言っています。

 

マタイはイスラエル人を対象に福音書を書いていますので、イエスの出現が旧約聖書の預言の成就であることを明確にしたかったのでしょう。
旧約聖書には、イエスという名はどこにも書かれていませんが、預言された出来事が、実際にイエスの身に起こった出来事と不思議に一致するのです。

 

マルコの福音書はマタイの福音書のように明確に預言の成就とは書いていませんが、起こるべき奇跡を一つ一つ取り上げてそのこと(旧約聖書の預言の成就、つまり、メシア到来のしるし)を明らかにしています。

 

●23節.イエスは盲人の手を取って村の外に連れ出し、その目に唾をつけ両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。

 

イエスは癒しの言葉を発せられないで、「何か見えるか」と言われました。
おそらく、イエスは暗黙の内に「見なさい」と言われたのでしょう。
盲人は何が見えるかと言われて、見えるかもしれないと期待する心と行動が引き出されて、ある意味信仰をもったのだと思います。

 

盲人は長い間見えないことがあたりまえの人生を歩んできたのです。
見えるようになりたいという期待もさぞ強いものであったでしょう。
「その目に唾をつけ、両手をその人の上において」というのはよくわかりません。

 

それで早速解説書を見てみますと、この形式は、当時の医療行為に広く見られた形であり、初代の教団も「油を塗り、手を置いて」多くの病人を癒したということです。

 

ですからこの行為は、イエスが自分の内にある力を相手に注ぎ入れるための行為と言えます。

 

●24節.すると、盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。」
●25節.そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。

 

イエスの最初の治療行為では「歩いているのが分かります。」程度の見え方でしたが、25節の再度のイエスの治療行為で、「何でもはっきり見えるようになった。 」となっています。

 

一度に癒されたのではなく、だんだんと見えるようになってきたと報告されているのです。
神の力による癒しにも様々な形があるのですね。しかし、描写は微細で信ぴょう性があります。

 

●26節.イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰された。

 

ここはどういう意味でしょうか。
つまり、イエスは意図的に群衆にこの奇蹟を見せないようにされたのでしょうか。

 

奇跡を隠されたということは、やはり、前にも書きましたが、今はまだイエスの時、つまり、十字架の時が来ていないということでしょう。

 

なぜなら、この事は単なる言葉や議論の事柄ではなくしるしだけだから、噂が広められるとユダヤ教指導者の監視が厳しくなり、その時までになさねばならないことができなくなりますからね。

 

その時、つまり十字架の時はまだ早い。それまでに弟子たちに教えておかねばならないことが沢山ある、ということでしょう。
これを境にしてイエスの伝道は、ご自分の死と復活の予告へと移ります。
つまり、ガリラヤからエルサレムを目指す旅が始まるということです。

 

それでは、この個所で学ぶべきことは何かを考えて見たいと思います。
それは、病気の癒しだけでなく、信仰の目が開かれるというのはどういうことかということだと思うのです。

 

盲人は、当然目が見えないから誰かにつれてこられたのは明らかです。
そして、イエスのみを見つめています。
その場所が、大勢の集会であろうと数人の集まりであろうと同じだと思います。何人そばにおろうが、信仰の目はイエスと盲人と二人きりの世界の人格的交わりだと思うからです。

 

傍のものはその助けをするだけですね。
信仰はあくまでもわたし個人とイエスの人格的な交わりの関係だということでしょう。

 

パウロがダマスコへ行く途中でのイエスとの出会い(使徒言行録9章)ほど劇的でなくても、クリスチャンのほとんどの人は何らかの霊的体験をして、霊の目が開かれてイエスの言葉に真理を見つけたと思うのです。

 

でもね、イエスの言葉を読んだからといって素直に信じることができるというものではないと思うのです。
人によっては、何らかの霊的覚醒を受けてそれだけで信じてしまう人もおられますが、そういう盲目的な信じ方はわたしにはとてもできそうにありませんが、何らかの霊的体験が信仰を促すことはよくあることです。

 

だから、この個所の盲人もそこに来るまでに、イエスが病気の人をいやしているうわさは聞いて知っていたと思います。
この人ならば自分の見えない目も見えるようにしてくださる。そういう確信があったと思うのです。

 

信仰は、先ず何よりも、イエスの言葉を読んだり聞いたりすることから始まります。
聞く人は、知的な人、いわゆるインテリの人たちもおられるけれどもそうでない人もおられる。
どのような人にも啓示が与えられると思うのですが、イエスの言葉を頭で理解するのではなく、霊感でイエスの言葉の真理を悟ることが大切だと思うのです。

 

わたしの場合は、聖書を読んでいて、そうですね、聖霊の働きだと思うのですが、躍動感を伴った不思議な感情に襲われて、そのイエスの言葉が語る真理がわかったと思ったのです。

 

だから、そこに何かがあるのではと思いつかまって二十二年です。
信仰に、確かな確信を得られなくても生涯その確信を求め続けている人もいる。信仰は、疑いの中ではぐくまれると言っておられる神学者の方もおられます。
本当に信仰をもつ方法は人によっていろいろです。

 

それでよいと思うのです。
でもね、わからないところがあればとことん追求するが、それでもわからなければ子供のように信じることも必要かと思います。
信仰の世界ですから、聖書を読んだからと言って、森羅万象すべてがわかるはずもないのです。

 

わからないから信仰が必要なのです。異次元の神の国のことです。すべてが分かるはずがないのは当たりまえです。

その二十三.汚れた霊に取りつかれた子をいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第9章14節から29節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書第17章14節から20節/ルカの福音書第9章37節から43節です。投稿文は二回に分けて、(1)では19節までを読みます。

 

マタイの福音書では汚れた霊は悪霊となっています。
通常天使は人間に取り付きませんから、汚れた霊というのは人間の霊のことだと思います。マルコの福音書に沿って見ていきたいと思います。

 

マルコの福音書第9章
●14節.一同がほかの弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論していた。

 

イエスの変容の出来事(マルこの福音書9章2節から、「イエスの姿が変わる」)の後、イエスは山から降りてきました。
イエスが山から降りてくると、同行していた三人の弟子たち以外の残ったほかの弟子たちは大勢の群衆に取り囲まれてユダヤ教の律法学者らと議論していました。

 

その議論の内容は、霊に取りつかれた子を癒すことができなかった残ったほかの弟子たちの信仰を律法学者たちが批判したことから起こった議論でしょう。おそらく、弟子たちは必死に弁明していたのでしょう。

 

●15節.群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄って来て挨拶した。

 

そのようなところに、イエスは山から下りてこられます。
「非常に驚き」というのは、山上でイエスの身に起こった変容の出来事の後ですから、おそらく群衆は山から下りてきたイエスの姿に何か異様な雰囲気、つまり、神秘的なものを感したのでしょう。

 

なお、別の説として、弟子たちが子供を癒せなかったのは、イエスがおられないことを理由にして律法学者たちに反論していたので、イエスを見つけて非常に驚いたという説明もありますが、驚いたのは「群衆は皆」となっていますからそれはないと思います。

 

●16節.イエスが、「何を議論しているのか」とお尋ねになると、
●17節.群衆の中のある者が答えた。「先生、息子をおそばに連れて参りました。この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。」

 

弟子たちが癒すことができなかった、汚れた霊に取り憑かれた子が親に連れられてイエスのところに来ました。

 

●18節.霊がこの子に取りつくと、所かまわず地面に引き倒すのです。すると、この子は口から泡を出し、歯ぎしりして体をこわばらせてしまいます。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。

 

霊に取りつかれた子供の状態は、とても見ていられない悲惨な状態でした。
まさに、イエスがおられないところでは、悪霊の力が支配するという現実です。
弟子たちも批判する学者たちもこの子供に取りついている悪霊を追い出すことができなかったのです。

 

●19節.イエスはお答えになった。「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をわたしのところに連れて来なさい。」

 

イエスは、マルコの福音書第8章12節でも、「イエスは、心の中で深く嘆いて言われた。「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。はっきり言っておく。今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない。」と言われています。

 

終わりの日に聖書に約束されたメシヤが来て、約束された御霊が与えられます。それはまさしく神の約束です。
見る目があればその神の約束がイエスによって、今、実現しているのを見ることができるのに見る目がなかったので、イスラエルは見ることができなかったのです。

 

それに彼らは神を横に置いて宗教論議ばかりをしていました。もう、議論の時ではないのです。間違った信仰に陥っていたのです。
そのような状態を見てイエスは、「なんと信仰のない時代なのか。」といって嘆かれたのです。
イエスにとって信仰とは人間が現実に神と関わる事態ですから、言葉をいくら重ねても出る結論ではないのですね。

 

イスラエルは、何度も神の顕現を経験し、預言という形で導かれ、そのようにして神の力を体験していても、信仰から遠ざかり、過去の体験とその伝承について議論するだけで、そう、形だけの信仰を尊ぶだけの民になっていました。イエスの時代にはこの傾向は極限にまで達していました。

 

律法学者たちは神の信実を語るのではなく、先祖の言い伝え(伝承、モーセ律法に後から付け加えた律法の細則みたいなものだと思います。)について際限のない議論を繰り返し、その議論の結果を理解して遵守することを義とし、それができない一般の民を罪人として断罪していました。

 

「いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。」と言うのは、イエスはいつまでも地上におられるわけではない。やがて天に昇られる時が来ます。
その時には、救いの機会を逃したイスラエルは自ら招いた不信仰の中に、すなわち滅びの中に放置されることになるのです。

 

19節のイエスの言葉には、イスラエルに対するイエスの深い憐れみがにじみ出ています。
そして、おなじように深い憐みの中で「その子をわたしのところに連れて来なさい。」と言われます。

 

この子供の異常な状態の原因は、背後に悪霊の働きがあるからだと、イエスを含めて当時の人々は理解していました。
医学が進歩した現在を生きるわたしたちは、そのような症状が科学的な原因があって起こると理解しますが、しかし、現在においても、科学的な原因だけでは説明できない病が多々あるのも事実です。

 

そして、この場合は、その症状が悪霊に対するイエスの命令の言葉(25節)によって現実に癒されたことをみると、やはり悪霊の仕業なのでしょう。

 

●20節.人々は息子をイエスのところに連れて来た。霊は、イエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。その子は地面に倒れ、転び回って泡を吹いた。

 

悪霊は同じ霊界の存在としてイエスを知っています。だから悪霊はイエスの前でこれ見よがしに自分の力を見せつけます。

 

●21節.イエスは父親に、「このようになったのは、いつごろからか」とお尋ねになった。父親は言った。「幼い時からです。

 

ここでイエスは、父親に、「・・いつごろからか」と聞かれています。
これはどういう意味でしょうか。
それに、22節には父親が「おできになるなら」と言っていますから、父親はもしかしたら、イエスの力でも癒せないと思っていたのかもしれません。

 

おそらくイエスは、悪霊の悪質の程度を知るためにこのような質問をされたのだと思います。

 

●22節.霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました。おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」
●23節.イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」

 

父親の「おできになるなら」と言う言葉は、ある意味、人間である信仰者あるいは霊能者が癒しのみ業を行うならばその言葉は正しいのだと思います。
祈って癒される場合もあれば癒されない場合もあるからです。

 

この父親は、イエスを普通の人間で優れた霊能者と見ていたのでこのような言葉になったのでしょう。
父親は、イエスを終わりの日にこられた神の子だとは見ていなかったのです。
イエスに来ている事態は「人間にはできないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」(マルコの福音書第10章27節)と言われる事態です。
霊能力者とは次元が違うのです。

 

●24節.その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」

 

この父親は、息子の病は人間の能力ではどうすることもできないということをよく知っています。
もはやイエスにたよるほかに道はない。だから、慌てて「信じます。・・・」という切羽詰った叫びになったのでしょう。

 

同時に、「信仰のないわたしをお助けください」と叫ばないではおれなかったのでしょう。
逆に言えば、そういう信仰がわたしたちに求められている信仰なのだと思うのです。

 

神の助けを求めてすべてを委ねてしまう人間の姿こそ、まことの信仰に到るただ一つの道といえるのではないでしょうか。
でもね、わたしたち自己中心にしか生きられない人間は、なかなか自己を捨て神に自己を委ねる生きかたはできません。
神を信じることは知っていても、信じきることはできません。

 

普通、信仰というと、人間の努力、つまり、神に対する誠意とか忠実さなどであると理解しているところがあると思います(神道も仏教もどちらかといえば行いの宗教です。)。
そのような信仰は、「信じる者は何でもできる」という次元の信仰の前では、生ぬるい信仰といえるのではないでしょうか。

 

信仰は人間の努力とか能力の結果、つまり宗教儀式とか修行なのではなく神の賜物です。

 

●25節.イエスは、群衆が走り寄って来るのを見ると、汚れた霊をお叱りになった。「ものも言わせず、耳も聞こえさせない霊、わたしの命令だ。この子から出て行け。二度とこの子の中に入るな。」

 

ここで用いられている「霊」は単数形ということです。
とりついている「ものも言わせず、耳も聞こえさせない霊、」は、人間に取り付けるのは汚れた人間の霊だけだと思いますから汚れた霊で、単数なのでしょう。

 

イエスはここで「わたしの命令だ」と言われています、命令で言うことを聞かせようとするのは、権力と権威の行使です。
そうです、霊界でのイエスの権力と権威の現れです。

 

「二度と、この子の中に入るな。」は、悪霊はイエスの命令で出て行きましたが、出ていけばあとは空っぽですからまた戻ってきて入ることができますので、このように命令されたのでしょう。

 

霊は拒否することもなく素直にイエスの命令に従ったのです。
そうです、イエスには勝てないことが分かっていたからでしょう。

 

●26節.すると、霊は叫び声をあげ、ひどく引きつけさせて出て行った。その子は死んだようになったので、多くの者が、「死んでしまった」と言った。

 

イエスが霊に出て行けと命令されると、子供が引きつけを起こして死んだようになりました。
イエスが汚れた霊を叱りつけられたとき、「霊は叫び声をあげ、ひどくひきつけさせて出て行った」のです。

 

霊がとりつく場合、その悪質の程度はいろいろとあると思うのですが、この子の場合は、永年霊にとりつかれた状態が続き、霊に支配された状態がその子の人間性そのものを狂わせてしまっていたのでしょう。
そのような霊を追い出すには強烈な力が必要であり、霊が追い出された人は、魂を抜かれた人間のように、死んだのと同じ状態になるのでしょう。

 

●27節.しかし、イエスが手を取って起こされると、立ち上がった。

 

死んだのと同じ状態から、イエスはその子を生き返させます。この節の、「起こす」とか「立ち上がる」という用語は、イエスの復活について用いられている用語と同じだということですから、この出来事は、イエスに来ている神の支配を体現するイエスの権威によって、悪霊の支配から神に支配になり、人間が解放されるという福音を告知しているのでしょう。

 

●28節.イエスが家の中に入られると、弟子たちはひそかに、「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねた。

 

弟子たちは、「なぜ、わたしたちは・・・」ですから弟子たちにも霊を追い出す力があったのでしょう。
でも今回はできなかった、いや、弟子たちの手に負えなかったのです。

 

●29節.イエスは、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」と言われた。

 

「この種のもの」とは、この子の場合のように、永年人間に深く取り付いていて、その人の人間性そのものを変えてしまっている、それほど悪質な霊が取りついた場合と言うことでしょう。

 

人間の信仰や霊能者の力にも限界があることをあらわしているのでしょう。
そのときには、神が働いてくださるのでなければ不可能なのでしょう。
祈りは人間が神の力に頼るための手段です。癒しの力はわたしたちを造られた神がおもちで、わたしたちにあるのではないのです。

その二十四.盲人バルティマイをいやす
聖書箇所は、マルコの福音書第10章46節から52節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書第20章29節から34節(二人の盲人をいやす)/ルカの福音書第18章35節から43節(エリコの近くで盲人をいやす)です。
●46節.一行はエリコの町に着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子でバルティマイという盲人が道端に座って物乞いをしていた。

 

調べてみると、エリコの町はサマリヤを通らずにヨルダン川の東側を通ってエルサレムに入る道を選ぶときに通るところで、エルサレムから東20キロ程手前だということです。

 

イエスの一行も「ヨルダンの向こう側」(10章1節)からエルサレムに入ろうとして、エリコを通過されたのでしょう。
イエスのエルサレムへの最後の旅も、いよいよ終わりに近づきました。

 

「大勢の群衆と一緒」というのは、イエスを偉大な預言者と信じて、イエスがエルサレムに入られると何か大変なことが起きるのではないかという期待に興奮して、イエスと一緒にエルサレムに向かって行進している群衆のことでしょう。

 

イエスの人気はこの段階で相当すさまじかったのでしょう。
なにしろ、世の権力者が恐れるほどですからね。

 

「ティマイの子でバルティマイ」は、癒される盲人の名前ですが、普通、福音書ではイエスの力ある業によって癒された人の名があげられることはありません。なぜ、ここは名前をあげて伝承されたのでしょうか。

 

このような説があります。福音書執筆当時この人物はまだ生存していたから、この驚くべき奇跡は直接本人に確かめることができたので、名前が書かれたのではないかということです。

 

●47節.ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。

 

「ダビデの子イエスよ」というのは、「ダビデの子」という称号は、当時のユダヤ人の間では、預言者において預言されていた、やがて終わりの日にやってくるメシアを、かつてのダビデ王国のときのイスラエルの繁栄を夢見てそのような称号で呼んでいたと言うことです。

 

盲人はイエスをユダヤ人が期待しているようなメシア(救い主)と信じて「ダビデの子」と叫んだのでしょう。
イエスは、ユダヤ人が期待しているようなメシアではないが、約束された終わりの日に「来るべき者」であることは間違いがないので、盲人も純粋な信仰心からイエスを「来るべき方」と信じて「ダビデの子」と言ったのだと思いますので、イエスはそのまま受け入れられたのだと思います。

 

この盲人は、メシヤが来られるとき、盲人の目は開かれるという預言を信じていたのでしょうね。

 

●48節.多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。

 

「多くの人々が叱り付けて黙らせようとした」というのは、大衆にとっては、イエスは民の期待を背負った偉大な預言者です。
イスラエルを救うと期待されているメシヤです。

 

その方へこの盲人は助けを求めて叫び続けたのです。
イエスのまわりにいる人々が、これからメシアとしての働きをされるイエスの手を煩わせないようにと思って止めにはいったのでしょう。

 

●49節.イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」
●50節.盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。

 

「あの男を呼んで来なさい」といって、彼の信仰に応えてイエスは盲人を呼ばれました。それを聞いた盲人は、「上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た」。

 

盲人の信仰がよく表れています。嬉しかったのでしょう。
イエスの力ある業にすがるのは、盲人にとって癒される最後の手段であったのでしょう。

 

●51節.イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。

 

「何をしてほしいのか」というイエスの問いに、盲人は「先生、目が見えるようになりたいのです」と答えます。
医学の発達していないこの時代、盲人の目を見えるようにするのは、ほとんど不可能です。生まれつきのものであれば現在でも不可能でしょう。

 

盲人がそのような通常では不可能なことをイエスに願ったのは、それまでにもイエスが大勢の人の病を癒されていることは、知っていたはずですから最後の望みとしてイエスにすがったのでしょう。
イエスの中に神の力が働いていると信じていたのでしょうね。

 

●52節.そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。

 

イエスは盲人に「あなたの信仰があなたを救った」と言われました。
「救った」ということは、盲人の目が見えるようになったということもありますが、それは同時に盲人が盲人であるゆえの地獄のような生涯から救済されたことを宣言されたということになります。

 

それにしても、すごいですね。イエスの言葉と出来事、イエスが盲人に「見えるようになれ」とか死人に「起きよ」と言われるその言葉通りのことがすぐに起こるのです。

 

そのようなイエスを見て人々は、「いったい、この方はどういう方なのだろう。」と驚愕の驚きを表します。
もし、わたしがそばにいたら、そのような驚くべき事態に直面したら、どうしたでしょうか。

 

まさに「人々は驚いて、「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。」(マタイの福音書 8章 27節)とあるとおりです。

その二十五.復活する
聖書箇所は、マルコの福音書第16章1節から8節です。
共観福音書の並行個所は、マタイの福音書第28章1節から8節/ルカの福音書第24章1節から12節です。
●1節.安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。

 

イエスは金曜日に葬られましたが、金曜日の日没から始まる翌日の土曜日は安息日です。
その安息日は土曜日の日没とともに終わりますので、安息日が終わったので三人の女性がイエスの遺体に塗るための油と香料を買いに出かけました。
そして、翌日の日曜日早朝に前夜に買い求めておいた油と香料を持ってイエスの墓に行きます。

 

その三人の女性は、「マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメ」でした。
この三人は、イエスの十字架を遠くから見つめていた婦人たち(マルコ15・40)であり、マグダラのマリア、ヤコブ(ヨセの母と同一人・・マタイ15・40)の母マリアは、イエスの埋葬を見とどけています(マルコ15・47)。
女性たちの名が上げられるときは、いつもマグダラのマリアが筆頭にきていますが、これは、復活されたイエスが最初にマグダラのマリアに現れたことからそのようになったのでしょう。

 

ここの三人の女性は、イエスがガリラヤにおられるときから、イエスにつき従った女たちのなかでも中心的な存在であったのでしょう。
イエスや弟子たちの食事とか身の回りの世話もしていたのでしょう。
現在でも同じですが、教会は女性の働きに負うところが大きいと思います。

 

●2節.そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出ると(日の出前か)すぐ墓に行った。

 

「週の初めの日」ですから、日曜日の朝早く三人の女性たちは油と香料をイエスの体に塗るために墓に行きました。

 

●3節.彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。

 

当時の墓は、崖になっているところに横穴が掘られていたということです。
その穴の入り口に大きな石を転がして閉じていたということです。
石が大きくてとても重く、大人の男性が転がそうとしてもびくともしないものでした。

 

イエスの遺体に香料を塗るにしても、墓の入り口を塞いでいる石を取り除かなければなりません。
女性たちには、自分たちには墓の入り口を塞いでいる大きな石をころがして除ける力がないのはよく知っているはずですが、何の成算もないままただただイエスを慕うあまり墓にやってきたのでしょうか。

 

入口の石を除けることは番兵にでも依頼するつもりであったのかもしれません。
何がともあれ、早くイエスに会いたい。少しでも早く油と香料をイエスの体に塗らなければと気がせいていたのでしょう。

 

●4節.ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。

 

三人の女性たちは「朝ごく早く」(2節)ですから、日が昇る前のまだあたりが暗い時刻に墓に向かったのでしょう。
イエスのことが気になり、昨夜はよく寝ていないのかもしれません。
墓を塞ぐ大きな石のことも心配したでしょうが、とりあえず道を急いだのでしょう。

 

墓の近くまできて、ようやく夜が明けてあたりが見えるようになると、意外なことに、墓を塞いでいた大きな石がすでにころがして横に除けてあるのが見えました。
彼女たちの心配は徒労でした。

 

「目を上げてみると、」という動詞は細かい描写ですが、墓が高いところにあるということではなく、大きなものを見るときにそのように表現することもありますので、そうではないかと思うのです。

 

●5節.墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。

 

三人の女性が一緒にその中に入ることができたのですから、イエスの遺体を納めた「墓」の中はかなり広かったのでしょう。
ここで、天使の登場です。
「白の衣」は神的な存在の顕現を象徴しているのでしょう(山上の変容における「真っ白の衣」も同じ)。

 

異次元の霊的存在の顕現に接するとき、人間はまず畏怖の念に打たれます。
女性たちは墓の中で「白い長い衣を着た若者」を見て、恐れおののきます。
未知の存在に対する畏怖はわたしたちが幽霊をみて理屈なく恐れを抱くのと同じです。

 

この「若者」は、今ここで起こっている出来事の意味を告げ知らせるために天から遣わされた使者でした。
すなわち「天使」の顕現であると理解します。
ちなみに、わたしは見たことはないのですが、現実に天使は存在すると思っています。

 

●6節.若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。

 

異次元の存在である天使は「驚くことはない」とか「恐れるな」といって呼びかけています。三人の女性の不安を鎮めるためでしょう。
「あの方は復活なさって」という天使の言葉は、十字架につけられたイエスの復活を告知する言葉です。

 

イエス・キリストの福音の全ては、この復活という言葉、この事実の上に成り立っています。
創造主である神との交流が途絶えている限り人は皆いずれ死んでいきます。
それを聖書は「罪と死の法則」と呼んでいます。
しかし、神は、イエスによって、この法則に逆らう新しい法則を、人間の中に導入されました。

 

それは、「いのちの御霊の法則」と呼ばれています。
「いのちの御霊の法則」とは、死んで滅ぶべき人間が、御霊により新たに生きるようになることです。
天使は言います。イエスは「ここにはおられない。御覧なさい、お納めした場所である」。

 

●7節.さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」

 

弟子たちは、生前イエスから十字架死と復活の告知をされていましたが、そのような奇想天外なことが起こるなど、言葉ではわかっていても信じることはできなかったと思います。

 

しかし、今、十字架につけられたことと、よみがえられたことは実際の出来事になったのです。
天使の言葉、『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。』も弟子たちは生前にイエスから聞いていました(マルコの福音書第14章28節)。
ガリラヤは、イエスが伝道を開始された最初の地でした。

 

弟子たちがイエスと寝食を共にし、親しく交わり、教えを受け、その業を見たあの懐かしのガリラヤが、復活されたイエスと出会う最初の場となるのです。
ここで天使は「弟子たちとペトロ」とあり、ペトロだけがとくに名をあげられています。

 

これはどういう意味があるのでしょうか。
ペトロはこの福音書が著わされた時代にキリスト共同体の中で弟子たちの筆頭として権威を持っていたのでしょう

そのペトロは、イエスを見捨て、死んでも、あなたを知らないなどとは言いません、と豪語したのに、イエスが捕らえられると見事に三度もイエスを知らないと言いました。

 

ペトロの名がわざわざ上がっているということは、そのようなペトロでもイエスの十字架死と復活によりその罪が許されたと言っているのかもしれません。
それは、たとえイエスを否むような罪を犯しても、もう一度やりなおすことができるということでしょう。

 

悔い改め、罪の赦しを得て、新たな人生を、キリストにあって始めることができるのです。
イエスはマタイの福音書でペトロがイエスに兄弟が自分に罪を犯したならば何度赦せばよいのでしょうかという問いに、イエスは「七の七十倍まで赦しなさいと」言われました。

 

そうです、ほとんど無限に赦しなさいと言われいるのです。
イエスがペトロにそのように求められたのですから、イエス自身は当然わたしたち人間の罪を無限に許されるのではないでしょうか。

 

これは、ペトロだけでなく、罪と死の中にあるすべての人にとっても、イエスの十字架死と復活は、良い知らせとなります。
イエスを否む罪でも悔い改めれば許されるのですから、わたしたち人間のどのような罪でも悔い改めれば許されると思います。

 

●8節.婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。

 

この婦人たちの恐れは、未知の存在といいますか、異次元の存在に出会った人間が受ける本能的なものでしょう。
女性たちは恐ろしさのあまり、墓から出て逃げ去ります。
恐ろしさのため震え上がり正気を失って、「誰にも何も言わなかった」と書かれています。

 

誰にも言わなかった、それは天使に出会ったことは誰にも言わなかったが、墓が空であることは弟子たちに報告したことでしょう。
そのときの弟子たちの反応をルカの福音書第24章11節で「使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。」と伝えています。

 

弟子たちは墓が空であると報告を受けたが、墓が空であることもイエスが復活したこともにわかには信じなかったのです。
生前にイエスから告知されていたのにです。

 

弟子たちが復活を信じたのは、復活されたイエスに直接出会ったからでしょう。
であったといっても、聖霊の働きがなければ復活したイエスを見ることはできないはずですから、そのときに、聖霊が働かれたから、復活したイエスを見ること(体験すること)ができたのです。

 

そして、復活を信じることができたのだと思います。
弟子たちの宣教活動はイエスの墓があるエルサレムで、十字架から七週間後の聖霊降臨からペトロの第一声で始まっているのですから、もし墓が空でないならば、すなわちイエスの遺体がそこにあるのであれば、反対者たちはそのイエスの遺体の存在を明らかにするだけで、イエスの復活を嘘だと暴くことができます。

 

もちろん、復活を根拠とする宣教をも打ち砕くことができたはずです。
反対者たちが、イエスの遺体を弟子たちが夜の間に盗んだという噂を流しましたが(マタイの福音書28章11節から15節)、それは紛れもなく反対者も墓が空であった事実は認めていることになります。

 

わたしはこの箇所の描写は細かくリアルで、女性たちの反応の描写も真に迫っていますので、やはり、実際にあったことだと思います。
作り話では、このようには書けません。

 

それに復活されたイエスは多くの弟子に会っています。
復活という出来事は驚くべき出来事ですから、うわさになり詮索されたでしょう。

 

しかし、聖書ではイエスの復活を疑っている記載は一切ありません。
復活があったことを前提にすべての話が進められているのです。
もちろん、復活を否定したいユダヤ教の人々もイエスの復活を否定はしていないのです。

その二十六 やもめの息子を生き返らせる
聖書箇所は、ルカの福音書第7章11から17節です。
共観福音書の並行個所はありません。
●11節.それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。
●12節.イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。
●13節.主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。
●14節.そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。
●15節.すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。
●16節.人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」と言った。
●17節.イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。

 

イエスと弟子の一行は、カファルナウムに拠点を置きガリラヤの各地を巡回し、神の支配の到来を告げ知らせる活動を続けました。
この箇所は、ガリラヤ南部にあるナインの町においての伝道活動での記録でしょう。

 

いつもの通り大勢の群衆も一緒でした。
ナインの町はカファルナウムの南西方向(ナザレからは南南東10キロほど)にある都市で、城壁に囲まれていたということです。
死んだ子供が母親に付き添われて城壁の外に埋葬されるところでした。

 

やもめで一人息子を亡くした母親の悲しみはさぞ深いものであったでしょう。
当時男権社会でしたので、女性は数の内に入らず、ましてややもめの女一人では売春などで生計を立てる以外に生きていくすべはありません。

 

男である息子が唯一の頼りで、希望であったと思います。
息子はその母親にとって希望であり経済の支えであったのです。
そのような母親の悲しむ姿を見てイエスは憐れまれました。

 

そしてイエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われました。
そうするとその通りになりました。
死んだ人間が生き返ったのです。

 

このようなことが出来るのは、人間を創造された神以外にはありえません。
神の御霊、聖霊はイエスと共におられます。
聖霊が働かれてイエスが言葉を発し、その言葉通りに死人を起き上がらせると言う事態が起こったのです。

 

神の言葉は発せられると、その通り実現するのです。神の言葉には、命があり、創造の力があるのです。
イエスが死んだ若者に命じられるとその死人が生き返ったという出来事を目撃した人たちは、「恐れを抱き」ます。

 

称賛するよりもまず恐れを抱いたのです。人間は想像を絶する出来事、未知の出来事に遭遇すると恐れを抱きます。

 

しかし、イスラエル民族にはそういう事態を受け容れる宗教的なバックがありましたから、その畏怖は冷静になれば神への賛美に変わります。
当時のイスラエル(ユダヤ教サドカイ派を除き)には、神の訪れのとき、つまり終わりの日には死んだものが生き返るという復活信仰がありました。

 

それは旧約聖書によるものですが、イスラエルの中の一部の庶民と、貧しい人々はイエスの出現を持って旧約聖書で預言されていた神の訪れの時が到来したと理解しました。
だから民衆は、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」(16節)と言ったのだと思います。

 

イスラエルの民だからそういう言い方をしたのでしょう。
反対に首都エルサレムの支配者階級は、この後イエスを拒否し、十字架で殺したのです。
イエスは大衆に人気があるので革命運動を心配したのでしょうか。

 

ちよっと、話がそれますが、イエスのことを「大預言者」と書いています。
作り話なら、なおさら福音書の著者は、イエスのことを「神の子」とか「メシヤ」と主張したいはずだからその様に書くはずなのにそうではなく「大預言者」と書いています。預言者はあくまでも人間です。

 

福音書著者は、イエスの弟子ですから普通ならば「神の子」とか「メシヤ」とイエスのことを書くはずですが、そのように書いたのは、事実そのように大衆が言ったからだと思うのです。

 

こう言うところが聖書にはあるのです。だから、聖書は正直に書かれていると思うのです。
さて、このようなことを書けば、聖職者の方には叱られそうですが、ちょっとここから話が変わって、この物語の死人の復活は本当にあった話なのでしょうか。

 

イエスの十字架死からの復活を含めて、死人の生き返りをどのように考えればよいのか見てみたいと思います。
死からの復活は、イエスのなされた奇跡の中でも、ちょっと、次元の違う奇跡で、奇跡の中の奇跡と言えます。
四つの見方があります。

 

この福音書はイエスが十字架死され復活された後で書かれていますから、この物語はイエスの十字架死からの復活が本当であったからそのことを踏まえてこの話が作られたという考え方です。

 

やもめの息子の死からの復活話は、作られた話だとする考えです。
それとも、この話がほんとうに起こった出来事であったからこの話が生まれたのでしょうか。
あるいは、イエスの十字架死からの復活も、やもめの息子の復活も全く作り話でしょうか。

 

もちろん、作り話だとしてもその意味するところ、何かを霊的に教えることがあるから、その話が生まれたのは間違いがないと思います。
聖書は小説ではありません。
死者の復活なんて本当にあるのでしょうか。
復活を目撃した人々はすべて死んでしまい、今となってはだれも証明できません。

 

したがって、どちらの復活も事実であるか、どちらも霊的な何かを教えるための作り話なのかと言うことになります。
わたしはもちろん先のほう、つまり両方とも事実あった出来事だと信じています。

 

わたしが復活を事実だと信じる理由は次の通りです。
福音書の記者たちがそう証言しているからです。
復活が事実あった出来事だから、聖書が今日まで生き残ったと思うからです。
復活の目撃者がまだ生きている時代にこの福音書が書かれているのです。

 

嘘であれば、とくにキリストの民を排除しょうとする敵対者であるユダヤ教の支配者層は、絶好の攻撃材料になりますから見逃すはずがありません。
しかし、よく考えれば、作り話であったとしても、伝えようとすることの目的が達成できれば、実際に復活があったか否かは別にして、復活は事実であったと言えると思うのです。

 

聖書の出来事が事実であるか否かは別にして、信じて読むこと、その意味するところを霊的に読むことが大切だと思うのです。
そうすると、書いてあることが事実か否かはどうでもよくなるのですね。

 

だから、書かれていることがすべて事実であるとして読んでも何の支障もないと思うのです。
福音書のイエスがなされた奇跡を見てみますと、どちらに属するか分からない奇跡もあります。

 

それらについては、自然科学的な判断は必要がない(出来るわけがない)と思うのです。
でも、聖書のこの箇所は信じて、あの箇所は信じないなんてのもおかしいと思うのです。信じるならば全部を信じるべきです。

 

世界を見渡すと、現在でも現実に奇跡が起こっているのは事実だと思います。
わたしはこういうところは余り難しく考えずに、ここで語られている出来事は、イエスによって現実に行なわれたとそのまま信じています。
だって、この世の出来事の何が真実か何が嘘かなどわかるはずがないと思うからです。

 

わたしたちは、どこまで自分たちのことを知っているのでしょうか。
人間の生死の問題一つ根本的なところは何もわかっていないのですから。

その二十七 安息日に水腫の人をいやす
聖書箇所は、ルカの福音書14章1節から6節です。
共観福音書の並行個所はなく、ルカ単独の記事です。
●1節.安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。

 

ここで問題になるのは、いやしがなされた場所が、ファリサイ派の議員の家であることと、その癒しが安息日に行われたことではないでしょうか。
おそらく、会堂での安息日の集まりが済んだ後で、その議員がイエスを食事に招いたのでしょう。

 

その時の出来事と推測すると、ファリサイ派の「議員」ですから、おそらく最高法院の議員のことで、この人は地域の有力者であり、ユダヤ教社会の上層階級の人で指導的立場の人物であったと思います。
この食事の席もかなりの規模であり、多くの客が招待されていたのでしょう。

 

●2節.そのとき、イエスの前に水腫を患っている人がいた。
●3節.そこで、イエスは律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。

 

「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。」
「水腫」という病気は、血液中の水分が何らかの原因で大量に体の組織内に移動したときなどに起こる組織の機能障害を指すそうです。症状はむくみです。

 

胸腔内に溜まれば「胸水」と呼ばれ呼吸困難を引き起こします。
イエスの前にいた人は重い水腫で、ひどいむくみが現れていて、一目でそれとわかったと見られます。

 

イエスは誰の依頼もないのに、この病人を見て憐れみ進んで病人をいやそうとされます。
側には律法の専門家たちやファリサイ派の人々がいるのを知っておられます。
イエスは彼らに「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。」と質問されます。

 

イエスはまず律法が定められた意義を律法の専門家たちに教えようとされたのでしょうか。
ユダヤ教の律法では、安息日に病気をいやす行為は仕事の一種として、基本的には許されていません。

 

命にかかわる緊急の場合は例外として認められてはいますが、「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない」(ルカの福音書13章14節)というのがユダヤ教律法の原則です。

 

●4節.彼らは黙っていた。すると、イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった。

 

この水腫の人の場合は長い間この状態ですから、いやしの行為は、緊急性はなく明日でもよいのです。
だから水腫を安息日にいやすことは、律法では許されない行為となります。

 

「彼らは黙っていた。」と言うのは、おそらくイエスの癒してあげようという強い意志を見て、律法では「許されていない」と答えることができなかったのでしょう。
イエスは議員らの返事を待たないで、沈黙している彼らの目の前で病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになります。

 

●5節.そして、言われた。「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」

 

その上でイエスは、彼らにさらに「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか」と問いかけられます。

 

●6節.彼らは、これに対して答えることができなかった。

 

イエスは緊急の場合の例をあげて再び質問します。
これにも彼らは応えることができません。沈黙します。
彼らの二度の沈黙は、立場上安息日でも治療行為は「許されている」とは答えられないからです。

 

「許されていない」と答えれば、イエスはおそらく、それではわたしのいやしの力はどこから来ているのかと問われます。

 

いやしの力は神から来ているのは明らかだから、その様に応えるとイエスは神と共におられ、その力は神からのものと認めてしまうことになります。
律法では許されなくても、律法を与えた同じ神の恵みの力でいやしが行われれば、そこには律法の規定を定められた神の力が働いているのですから、律法の規定など無意味だということになってしまいます。

 

そうなると自分たちの権威というか、存在根拠が亡くなってしまいます。
だから沈黙するしかなかったのでしょう。
さぞ、彼らは腹立たしかったでしょう。
その腹立たしさがイエスを十字架に架けることになってしまうのです。

 

そう、イエスの安息日にされた行動と安息日に関する発言を重要な理由となって、イエスは殺されてしまうのです。
ルカは異邦人(ユダヤ人以外)を対象に福音書を書いています。
異邦人にとっては、律法違反などそれほど切実な問題ではありません。

 

それでもルカは、律法の象徴的な問題である安息日問題をこのようにていねいに取り扱っているのは、イエスが律法学者たちからの批判を承知しながら、あえて繰り返し安息日に病人をいやされた事実を知らせたかったからではないでしょうか。

 

ルカは、安息日の問題が、イエスが十字架に架けられた最大の理由であることを言いたかったのではないでしょうか。

その二十八 重い皮膚病を患っている十人の人をいやす
聖書箇所は、ルカの福音書17章11節から19節です。
共観福音書の並行個所はなく、ルカ単独の記事です。
●11節.イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。

 

イエスはこの地上での最後の旅、エルサレムへ上られる途上、サマリアとガリラヤの間を通られました。

 

●12節.ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、
●13節.声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言った。

 

「重い皮膚病」とあるのは、ユダヤ教において祭儀的に不浄とされる皮膚病のことでしょう。
祭司からこの皮膚病だと宣告された者は、一般社会から隔離された場所で暮らし、神殿祭儀に参加することは許されず、一般の人が近づいたときは自分で自分のことを「汚れた者」と叫んで、その存在を知らせなければならなかったということです(旧約聖書レビ記13章から14章)。

 

これは現代風に言えば、伝染を避けるための隔離であったのですが、ユダヤ教社会では祭儀的に不浄とされ、「神から打たれた者」として徹底的に疎外されたそうです。

 

ユダヤ教では、死人を生き返らせることとこのような皮膚病を清めることができるのは、神だけだとされていましたから、イエスがこの皮膚病の人を「清めた」出来事は、死人を生き返らせた場合と同じで、重大な意味をもつ出来事であったということです。

 

だから、重い皮膚病にかかった十人の人も、律法の規定に従ってイエス一行に近づくことなく、「遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて」、イエスに助けを求めたのでしょう。
と言うことは、彼らはイエスが神の力によって病人をいやしておられることを知っていたと言うことになります。

 

共観福音書の並行個所との違いは、ルカの福音書の5章12節12節とかマルコの福音書1章40節は、「あなたの御心であれば、あなたはわたしを清くすることがおできになります」と言って、イエスの力を信じて、イエスの意志を訊ねています。

 

悲壮感はなくまだ余裕があります。
ルカはマタイとかマルコの福音書を参考にしていますが、厳しい言い方を少し和らげて表現するところがあります。
それに対して、ここでは病人はイエスの力を信じて来ているのは同じですが、イエスの意思を問題にするゆとりはなく、ひたすら憐れみを懇願しています。

 

憐れみを願うのは、もう自分には余裕がない、癒してもらう資格もないことを認めて、イエスの憐みにすがる姿勢です。
本来信仰とはそういうものなのでしょう。

 

●14節.イエスは重い皮膚病を患っている人たちを見て、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われた。彼らは、そこへ行く途中で清くされた。

 

ここではほかの個所のように、病人に手を置くとか、清くなれと言われるのではなく、ただ「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と命じられただけで、その途上で清くされました。

 

いやされた者はいやされたところを祭司に見てもらって、確認してもらい清めの儀式を行って始めて「清い者」となります。
そうして初めてユダヤ教社会の交わりに復帰できるのです。

 

よく考えると、彼らがもし自分の病状を見て、まだ自分の皮膚病はいやされていないから祭祀のところに行っても仕方ないとか、何らかのイエスのいやしの行為とか言葉がなければいやされないと思って祭祀のところに行かなければ、おそらく、彼らは清められなかったでしょう。

 

しかし、彼らはイエスがそう言われたのだからという理由だけで、症状も変わらないのに、祭司のいるところに向かって歩き始めたのです。
彼らは、イエスの言葉を信じて疑わず歩いて行きます。
この行動が信仰ということでしょう。

 

イエスは彼らに「祭司に見せよ」と命令しています。
ということは、イエスはユダヤ教、あるいは社会制度を否定されてはいません。
もちろん、イエスのいやしは祭祀の清めの儀式がなくてもいやされます。

 

しかし、人間の社会制度を否定せずに相対化してその様にするように勧められたのです。
彼らは病が癒されてもユダヤ教社会で生きていかなければなりませんから、それは必要なことであったでしょう。

 

言い換えれば、イエスはわたしたちにどのような社会であってもその中で生きなさいと言われているのです。

 

だから、どんなに間違った社会でも、そこから逃げ出すのではなく、その中でどのように生きるかを問題とされているということになります。

 

●15節.その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。
●16節.そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。

 

いやされた十人の中の一人が、「自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら」戻って来たのですが、後の九人はどうしたのでしょうか。

 

それに、いやされて戻ってきた人は、祭司のところまで行って体を見せ、いやされていることを確認してもらってから清めの儀式を経て戻ってきたのでしょうか。

 

何も書いてありません。清めの儀式には相当時間がかかるはずです。(レビ記の規定では確認に数週間、清めの儀式に一週間)。

 

●17節.そこで、イエスは言われた。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。
●18節.この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」
●19節.それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」

 

イエスのもとに戻ってきたのはサマリア人一人で、あとの九人は帰ってこなかったのです。
言えることは、サマリア人は純粋のユダヤ人ではないので、イスラエル人から蔑視されていましたが、イエスにいやされたのは確かでしょう。

 

それにサマリア人は純粋のユダヤ人ではないので、異邦人がいやされたことになります。印象的ですね。
ルカの福音書は、ローマの人々、とくに異邦人信者のために書いていますので、このような記述になったのでしょうか。

 

イエスは帰ってきたサマリア人に「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」と言われました。

 

イエスはサマリア人に、ユダヤ人社会の中で生きなさいと言われたのです。
神のみ業を身をもって経験しても召命されたわけではないのです。
人にはそれぞれ役目があると言うことでしょう。

その二十九 役人の息子をいやす
聖書箇所は、ヨハネの福音書4章43節から54節です。
●43節.二日後、イエスはそこを出発して、ガリラヤへ行かれた。
「二日後」、イエスはサマリアの町に二日間滞在されました。(4章40節)。
●44節.イエスは自ら、「預言者は自分の故郷では敬われないものだ」とはっきり言われたことがある

 

「預言者は自分の故郷では敬われないものだ」ですが、共観福音書では、ガリラヤとかナザレがイエスの故郷とされています。
それに対して、ヨハネの福音書ではユダヤがイエスの故郷として扱われています。

 

なぜ違うのかですが、イエスはナザレの育ちであるのはどの福音書も異論はないと思いますので、著者ヨハネは、イエスの故郷を生まれたところではなく、ユダヤ人としての故郷、つまりエルサレムを故郷としているのだと思います。
確かヨハネはエルサレム生まれだったと思いますので、エルサレムにこだわりがあるのでしょう。

 

そのせいか、ヨハネはいつもエルサレム中心にイエスの出来事を描いています。
おそらくイエスは、ユハネが書いているように、諺を引用して、「預言者(イエス)は自分の故郷(ユダヤ教の本拠地であるエルサレム)では受け入れられない(敬われない)ものだ」と言われたのだと思います。
こうしてイエスは、「異邦人の地」であるガリラヤに向かわれることになったのだということでしょう。

 

●45節.ガリラヤにお着きになると、ガリラヤの人たちはイエスを歓迎した。彼らも祭りに行ったので、そのときエルサレムでイエスがなさったことをすべて、見ていたからである。

 

「祭りに行ったので・・イエスがエルサレムでなさったことをすべて、見ていたからである。」、すなわち、ガリラヤの人々は、祭りでエルサレムに行っていた人は、イエスがなされたことを知っていたと思います。

 

その人たちが、故郷ガリラヤに帰ってきて、エルサレムで見聞きしたイエスのことをエルサレムに行っていないガリラヤの人たちに広めていたので、ガリラヤではイエスのことがすでに噂になっていたのでしょう。

 

ガリラヤの人々はイエスを歓迎しました。
こうしてイエスは、ユダヤ人がユダヤ教の異端者と蔑んでいるサマリア人に歓迎され、異邦人の地ガリラヤでも歓迎されます。

 

●46節.イエスは、再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、前にイエスが水をぶどう酒に変えられた所である。さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。
●47節.この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。

 

「カファルナウム」は、ガリラヤのカナから約20キロ東にあるガリラヤ湖畔の町ということです。
ガリラヤのカナでのイエスの教え(ガリラヤでは奇跡でなく教えで人びとはイエスを信じている)が、20キロも離れたカファルナウムに聞こえているのです。

 

「下って来て」は、カナはガリラヤ中央部の山地にあります。
カファルナウムは湖畔の町です。
したがって、「下って行く」と表現したのでしょう。
それはそうと、イエスがカナに来られるのは二度目ですね。

 

先に2章で最初のカナ訪問は「カナの婚礼」で報告されています。
「王の役人」とあるのは、原文では「王室に属するある者」ということです。
当時ガリラヤはティベリアスを首都としてヘロデ・アンティパスの支配地であったとのことです。

 

ヘロデ・アンティパスはローマに任命された「領主」ですが、世間ではヘロデ大王の息子として「王」と呼ばれていました。
したがって、この「王の役人」と言うのは、そのヘロデの家の者を指しているのでしょう。

 

この「王の役人」は、息子が病気で死にそうに なっていたので、イエスがカナに来ておられると聞いて、イエスのもとにかけつけます。
そして、「下って来て息子を癒してくださるように」頼みます。
ヨハネは「その息子」と訳していますが、共観福音書では「僕(しもべ)」と訳しています。なぜ違うのかはわかりませんが、訳し方の問題でしょう。

 

●48節.イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。

 

「あなたがたはしるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」とイエスは役人にいいました。
この「あなたがた」は複数形です。

 

ということは、イエスの教えに耳を傾けるのではなく、しるしや不思議な業を見なければ信じないユダヤ人(ユダヤ人全体を指して)の不信仰が嘆かれているのでしょう。
といっても、それはユダヤ人だけでなくわたしたちも同じです。

 

●49節.役人は、「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と言った。

 

「子供が死なないうちに、・・おいでください」と、王の役人はイエスに向かってすがるような気持ちで言いました。
おそらく、イエスに拒否されても、この役人はイエスに食い下がったでしょう。まさしく、自己の全存在をかけてイエスの内に働く神の力と恩恵にすがっています。そういう者には神の恵みの力が働きます。

 

●50節.イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。

 

「あなたの息子は生きる」と言われたイエスの言葉は実現するのです。
イエスが言葉を発すれば、必ずその通りになるのです。
役人は自分の立場もかまわずイエスを信じたのです。

 

役人は、イエスの言葉だけを信じて、イエスの「帰りなさい」という命令に従ったのですから、それは役人の信仰です。

 

そうです。役人は、「しるしや不思議を見ないで」、イエスの言葉を信じたのです。疑いを持ちませんでした。
20章29節のイエスの言葉、「イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」とある通りです。

 

●51節.ところが、下って行く途中、僕たちが迎えに来て、その子が生きていることを告げた。
●52節.そこで、息子の病気が良くなった時刻を尋ねると、僕たちは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と言った。
●53節.それは、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと同じ時刻であることを、この父親は知った。そして、彼もその家族もこぞって信じた。

 

「彼もその家族もこぞって信じた。」とありますが、当然この中には、彼の妻子だけでなく、使用人(奴隷)たちを含む全員を指すと思います。
役人が、イエスを信じたことにより、彼の家すべてがイエスを信じる信仰に入ったと言うことでしょう。 

 

●54節.これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、二回目のしるしである。

 

「二回目のしるし」は、カナの婚宴(2章11節)とこの役人の息子を癒す二つのしるしの二回目と言う意味でしょう。

 

カナではエルサレムのように、多くのしるしがなされたわけではないのです。
こうして、ヨハネ福音書四章は終わりますが、ここでは、イエスが故郷の民であるユダヤ人には受け入れられず、ユダヤ教異端の民であるサマリア人と異邦人(ユダヤ人以外の人々)の地であるガリラヤの民に受け入れられたことが報告されています。

その三十 ベトササダの池で病人をいやす
聖書箇所は、ヨハネの福音書5章1節から18節です。
●Ⅰ節.その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。
ユダ人の祭りは、調べてみると年に三つと言うことです。
祭りにはユダヤ人(離散して地方にいているユダヤ人も含めて)はエルサレムの神殿に詣でる(巡礼)ことを義務づけられています。
祭りは、過越祭、五旬節、仮庵祭の三つということです。
ここで言われている祭りが、どの祭りを指すかはわかりません。

 

●2節.エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。

 

「羊の門」とは、神殿の北東にある門で、捧げものとして犠牲になる羊が通る門です。
「ベトザタ」は、神の恵みの家という意味があるそうです。
「五つの回廊のある池」、発掘調査でこの池は大きな人工の貯水池で、中央にダムがあり南北二つの池に仕切られていたことが分かっているそうです。
四辺と中央に計五つの回廊がありました。

 

この上に、現在は5世紀に建てられたキリスト教会があるそうです。
ただし、わたしは現地に行ったことはありません。

 

●3節.この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。†
●5節03b‐04節.彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。†

 

この部分は初期の信頼度の高い写本にはなく、ごく初期の翻訳にもないので、後期の写本の段階で挿入されたものと見られているそうです。
「病気の人たち・・・・・・が大勢横たわっていた」は、発掘により、この池では病気癒しの祭儀が行われていたことが確認されているそうです。

 

「彼らは水が動くのを待っていた。 それは、・・・・・・癒されたからである。」は、よくわからなかったので調べてみると、この池の水が稀に動くのは、御使いが水浴びに降りてきた結果であるとし、御使いが水浴びをした後には病気を癒す力が残っていると信じられていたようです。

 

●5節.さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。

 

どのような病気かは書かれていませんが、6節以降を読むとこの人は足が萎えた人であることが分かります。
三十八年間もずっと足が萎えていたとすると、それは生まれつきのものでしょう。生涯歩いたことがなかったのでしょう。

 

そうであるならば、足はやせていてとても歩ける状態ではないでしょう。
ベトザダの池の奇蹟の噂を聞き、その足の萎えた人は、床にのせられて池に連れてこられ、回廊に横たわって、水が動くのを待っていました。

 

●6節.イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。

 

「もう長い間病気であることを知って」ですが、病人が自分の病気が何であるかをイエスに訴えた記録はありませんから、きっと、サマリア人の女の場合のように、イエスが霊的能力で病人の過去を透視されたのだと思います。
イエスはわざわざ自分からこの病人に声をかけられたのです。

 

大勢の病人がいたと思いますが。その理由は、神の栄光を表すためであるとしか思えません。
「良くなりたいか」は、本人の意思を確かめられたのでしょう。
当たり前の答えであっても確認する必要があるのでしょう。

 

●7節.病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」

 

「わたしを池のなかに入れてくれる人がいない」は、病人は6節のイエスの問いに直接答えず、歩けないわたしを池の中に入れてくれる人がいないので、他の人に先を越されて池の中に入れないと訴えます。

 

この聖句で、この病人が足の萎えた人であることが分かります。
彼は自分で池に降りていくことができないのです。
先に他の人が入ってしまい、いつも機会を失っていると言っているのです。

 

●8節.イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」

 

「起きあがりなさい。床を担いで歩きなさい」、とイエスは命令します。
イエスが発せられた言葉は必ず実現します。
それにしても、なぜ歩くだけではなく、床をも担がせたのでしょうか。

 

●9節.すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。

 

「その日は安息日であった」というのは、ここから18節までは、ベトザタの池での奇跡物語の意義は、「安息日」だということでしょう。
この病人のいやしも安息日になされました。この足の萎えた人のいやしの出来事も、安息日問題でイエスとユダヤ人が決定的に対立した出来事の一つです。

 

しかし、たとえ病気が癒されたとしても、長年使っていないやせ細った足で歩けたのでしょうか。
それとも、病の癒しと共に筋力もつけてもらったのかもしれません。

 

●10節.そこで、ユダヤ人たちは病気をいやしていただいた人に言った。「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。」

 

安息日には、少しであれば歩くことも許されているのですが、「床を担ぐ」ことは許されていません。
ユダヤ教においては、「安息日には仕事をしてはならない」という律法があり、具体的にどのような行動が仕事をすることになるかが細かく規定されていました。

 

「床を担ぐ」ことは安息日には許されない仕事であるとされていたのです。
それと、病人を癒すことも仕事になり安息日にはしてはいけないことなのですが、ここではそのことは問題にされていません。
  
●11節.しかし、その人は、「わたしをいやしてくださった方が、『床を担いで歩きなさい』と言われたのです」と答えた。

 

「床を担いで歩きなさい」、床を担ぐことは律法違反と先に書きましたが、さらに歩けと言うのは、それも人々の前でやって見せよというのは挑発的ですね。いやされたことを確認するだけならば床を担ぐ必要はありません。
イエスは明らかに意識的にユダヤ教律法学者に挑戦されているのです。

 

●12節.彼らは、「お前に『床を担いで歩きなさい』と言ったのはだれだ」と尋ねた。

 

「言ったのは誰だ」、ユダヤ人たちは、律法違反の行為をするように言ったのは誰だと律法学者は問います。
イスラエルの民に律法に違反するように教える教師の罪は重く、死刑と規定されています(申命記13章参照)。

 

●13節.しかし、病気をいやしていただいた人は、それがだれであるか知らなかった。イエスは、群衆がそこにいる間に、立ち去られたからである。

 

「立去られた」、イエスはご自分のことを何も言わずに、病人をいやすとすぐに群衆の中に紛れて姿を隠され、そこを立ち去られました。

 

●14節.その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」

 

「もう罪を犯してはいけない」、この病人は何か罪を犯すようなことをしたのでしょうか。
この時代ユダヤ教では病気や身体的障害は罪(律法違反とか何かの犯罪)の結果であると考えられていたようです。

 

だからイエスもこのユダヤ教の考えを前提にして、「あなたは良くなったのだ、(いままでの罪が赦されたのだから、)もう、罪を犯してはいけない。
さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない」と言っていることになるのではないでしょうか。

 

もっと悪いことと言うのは、足の萎える病気以上に悪いことですから、ユダヤ人社会では生きてはいけないように、つまり、命をなくすようになるということでしょうか。
となると、イエスはユダヤ教の罪の考えを受け入れられたことになるので、おかしいと思います。

 

それに、この言葉は、生まれながら目の見えない人についてのイエスの言葉、「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」(9章3節) と矛盾します。

 

こちらがイエスの本当の言葉でしょうから、やはりイエスは、その病人はこれからもユダヤ教社会の中で生きていかなければならないですから、ユダヤ教社会に配慮してその様に言われたのだと思うのです。

 

●15節.この人は立ち去って、自分をいやしたのはイエスだと、ユダヤ人たちに知らせた。

 

13節でイエスは何も言わずにすぐに群衆に紛れて立ち去られたので、病人はイエスが誰だか分らなかったのですが、再び足の萎えた人は境内でイエスに会いました。
萎えた足をいやされた人は、いやしてくださったのはイエスであると知ったので、ユダヤ人たちの質問に答えます。
「ユダヤ人たちに知らせた。」とありますから、この人はユダヤ人たち(ユダヤ教会堂の指導者層)を恐れていたのでしょう。

 

●16節.そのために、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。

 

「そのために」というのは、安息日律法を公然と破り、また挑発的な行動をとったのがイエスだと分かったので、ユダヤ教指導者たちはイエスを迫害(追求する)し始めます。

 

「安息日にこのようなことをしておられた」というのは、イエスは繰り返し安息日に病人をいやされたことを言っているのでしょう。
次節でイエスは答えられます。

 

●17節.イエスはお答えになった。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」

 

「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ」とイエスは、ご自分の安息日に病人をいやすなどの働きは、父なる神が働かれていると言われます。

 

キリスト教が不朽である理由はこれです。
神は今も働いておられると言う思想は他の宗教にはないと思います。
だから、キリスト教は不朽であります。それは活きた神がその真理(聖霊)をもって今も人の心に働かれておられるからです。

 

ヨハネの福音書においては、イエスは、父なる神も安息日に働いておられることを明らかにしていますが、共観福音書のマルコの福音書2章27節から28節では、イエスは「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。このように、人の子は安息日にもまた主なのである」と言っておられます。

 

共観福音書では、安息日律法に代表されるユダヤ教律法の本質は、人間が主人であるのだから、安息日の律法規定を細かく順守することよりも、人間の必要に応じて用いるのが本来の神の御心であると主張しています。

 

●18節.このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。

 

「ますますイエスを殺そうと狙うようになった」のは、イエスが「御自身を神と等しい者とされたからである。」としています。
安息日の掟を破ったこと、自分を神と同一といったこと(神を冒涜したことになる)、この二つの罪でイエスは裁かれるのです。

 

ユダヤ教では(メシアも含めて)いかなる人間を神とすることは最大の涜神とされ、「御自身を神と等しい者とされた」イエスは死罪に当たるのです。

その三十一 五千人に食べ物を与える(ヨハネ)
聖書箇所は、ヨハネの福音書6章1節から15節です。
●Ⅰ節.その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。

 

「その後」とは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた二回目のしるしののちと言う意味でしょう。

 

「ティベリアス」は、紀元20年にガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスがティベリウス帝を記念してガリラヤ湖西岸に建設したローマ風の都市ということです。
ヨハネの福音書では、カナやカファルナウムがある西岸から向こう側の東岸に渡り、そこでパンの奇跡が行われ(1節から15節)、その後再び西岸のカファルナウムに渡るときに水の上を歩くイエスの顕現があり(16節から21節)、到着したカファルナウムで命のパンについての対話がなされたことになります(22節から25節)。

 

共観福音書とは、奇跡が行われた場所とか順序が違うようです。
ルカの福音書などは、ベトサイダでパンの奇跡が行われたと伝えるだけで(9章10節から17節)、湖上の往復の記事とか湖上のイエスの顕現記事もありません。
ヨハネが共観福音書に書かれていない奇跡物語を補充したようです。

 

●2節.大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。

 

立ち去って行かれるイエスの後を大勢の群衆が追いかけます。
大勢の群集は、おそらく、ガリラヤの人たちでしょう。
大勢の群衆が後を追ったのは、「イエスが病人たちになさったしるしを見たから」とありますから、群衆の中には、やはり病のために苦しむ人々が多くいたのでしょう。

 

●3節.イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。

 

「イエスは山に登り」とありますが、共観福音書にはその様な記事はありません。
しかし、実際は平地に近い丘のようなところではないのでしょうか。
イエスは「弟子たちと一緒にそこにお座りになった」とあります。
ユダヤ教では、ラビ(律法学者)は座って弟子たちに教え、弟子たちもラビの前に 座って教えを聞いたそうです。

 

●4節.ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。

 

イエスは、ヨハネの福音書によると過越祭のときに三度(2章13節、11章55節)、12章1節)エルサレムに上っておられます。
しかし、この年の過越祭にはエルサレムに上らないで、ガリラヤにおられたのでしょうか。

 

しかし、この福音書の著者は、ユダヤ教の過越祭を「ユダヤ人の祭り」と、何かユダヤ人でない人が書いたように書いています。
この福音書の著者はユダヤ人と聞いていますが、よく考えると、この時代(1世紀末)エルサレムの神殿はユダヤ戦争で崩壊し、ユダヤ人は離散し、ユダヤ教もフワリサイ派が幅を利かして保守的であったということです。

 

キリスト教もユダヤ教から完全に分離して、独自の歩みを始めて、その歩みも軌道に乗ってきたころだと思いますので、著者はユダヤ教を遠くから眺めている感覚であったのでしょうか。

 

●5節.イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、

 

「フィリポに・・どこでパンを買えばよいだろうかと言われた」のフィリポは十二使徒の一人です。ヨハネの福音書にはよく出てきます。
パンの奇跡が行われた場所が、ベッサイダ(ルカの福音書9章10節)であれば、フィリポはベッサイダ出身(1章44節)ですから、イエスがフィリポに「どこでパンを買えばよいだろうか」と問われたのは納得がいきます。

 

●6節.こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。

 

「フィリポを試みるため」ですが、何を試みるかと言えば、当然信仰でしょう。そうすると、イエスはご自分がこれからしょうとすることは当然ご存知なはずですから、その上でこのような質問をされたのです。
イエスはフィリポの信仰を試されたのでしょう。

 

●7節.フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。

 

「二百デナリオンのパン」とはどのくらいの量でしょうか。
調べてみると、「デナリオン」は労働者一日分の賃金ですから二百デナリオンは、現在の貨幣価値では数百万円の金額になります。すごい金額です。
当然このようなお金を手元に持っているはずもないでしょうから、「たとえ二百デナリオンあっても」足りない、と言う意味に理解します。

 

●8節.弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。
●9節.「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」

 

「パン五つと魚二匹」は群衆の一人の少年が携帯用に持っていたのでしょう。携帯食に生魚をもってくることはないので、味付けされた干した魚のことでしょう。
共観福音書はどのような種類の魚であろうが、みな「魚」という語を用いています。

 

「少年」と訳された語は、小さい子供を意味する語ということです。
若者とか若い奴隷という意味でも用いられるそうです。

 

●10節.イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。

 

イエスが群集を座らせたところには「草がたくさん生えていた」のですから、季節は過越祭のころで、春でしょうね。
座った「男たちは・・・・その数はおよそ五千人であった」と数を明らかにしています。

 

ルカの福音書9章14節でイエスが「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい。」と言われています。
五十人ぐらいずつ組にしてですから、これは軍隊組織の形です。

 

この時の群衆はイエスをメシアとして蜂起しようと荒野に集まった男たちであったとする見方がありますが、そこには女と子供がいますのでわたしはそうではないと思います。
マタイの福音書14章21節には「女と子供を別にして、男が五千人ほど」とあります。 

 

●11節.さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。

 

共観福音書と違うのはパンの配り方で、ここではイエスは裂いたパンを直接群集に配っていますが、共観福音書では、イエスはパンを弟子たちに渡し、弟子たちが人々に配ったことになっています。

 

著者の記憶違いかどうかわかりませんが、ヨハネの福音書が最も遅く作成されましたから、自分の記憶と違っていたので、あえてヨハネは訂正したとも受け取れます。

 

●12節.人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。

 

「少しも無駄にならないように」というのは、神の創造されたものは、神に戴いた物はどんなに僅かでも、小さくても失われないように大切にしなさいと願っておられるということでしょう。

 

●13節.集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。

 

「なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。」ですが、十二の籠はイスラエルの十二部族を象徴していて、十二は聖なる数字です。

 

「残ったパンの屑、」というのは、あらゆる宗教の異邦の諸民族を指し、その者が宣教によってイエスの言葉を信じる者となりその数が「十二の籠がいっぱい」ですから、救いが予定された数でいっぱいになることを表しているのでしょう。

 

イエスが語られた言葉がこの通りかどうかはわかりませんが、それを聞いていた著者がその様に受け取ったのでしょう。

 

●14節.そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。

 

「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」は、ちょっと分かりにくいので調べてみますと、申命記18章15節でモーセが預言した預言者を指すということです。
当時イスラエルはローマの支配下であったので、神の支配の実現を目指す運動(とくにローマからの独立を目指す熱心党の運動)が起こり、それを実現するメシアとしてモーセが預言した預言者の到来が待ち望まれていたということです。

 

●15節.イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

 

「王にするために連れて行こうとしている」ですが、パンの奇跡を見た人々は、イエスを力ずくで連れて行き、政治的な指導者として立て、自分たちのための神の支配を実現するために、異教の支配者ローマと戦おうとしたのでしょうか。

 

イエスはこのような群集の思惑を察知して「ひとりで再び山に退かれ」ます。
イエスが為そうとされることと、群衆が求めていることは違うのです。

その三十二 生まれつきの盲人をいやす
聖書の箇所は、ヨハネの福音書9章1節から12節です。
この出来事は、調べてみると、冬の神殿奉献祭(イスラエルのマカベア戦争(紀元前167年)の戦勝記念祭(10章22節)の前の秋から冬にかけてのある時期で、シロアムの池からそれほど離れていないエルサレムのどこかであった出来事ではないかということです。
 
●1節.さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。

 

「通りすがりに」ですから、その盲目の人は道端に座っていた物乞い(8節参照)であったのでしょう。

 

●2節.弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」

 

「誰が罪を犯したからですか」と弟子たちがイエスに尋ねます。
古来わたしたちは、当時のユダヤ教もそうですが、近代医学が発達するまでは、病気や身体的障害は罪の結果であると考えていました。

 

現在でも、大変な苦難に遭遇すると、わたしは何も悪いことをしていないのになぜこのような目にあわねばならないのか、という思いに駆られる人が多いのは事実です。
ですから、この話には大きな問題が含まれています。

 

病が罪からとするとこの人の場合何の罪だろうかと考えてしまいます。
弟子たちは、そのような目の見えない状態で生まれるという不幸の原因はなんらかの罪からではないのかと言って問題にしているのです。

 

罪であるならば、誰がその罪を犯したのかが問題になります。
なぜなら、その目の見えない人は生まれつき見えないのですから、もし、罪によるのであればその人が生まれる前の罪になりますから、その人の罪ではないのは明らかです。

 

そうであれば、その人に責任はないはずです。
そうすると、その人の先祖の罪が問題になります。
先祖の罪が問題になると輪廻転生が問題になります。

 

このような、「人生の不幸は罪の結果である」という思想は、日本ではもちろん、どの国の宗教においてもみられることです。
「善い行いはよい結果(幸福)を生み、悪い行いは悪い結果(不幸)を生む」のは、たしかに人を説得させる考え方であり、人生の一面の事実でもあります。

 

このように、ある結果には必ずそれに相当する原因があるとする「因果応報」の考え方は、人類の思考に深く染み込んでいる多くの人をなんとなく納得させるものがあります。

 

しかし、現実には何の罪もない(悪をなしていない)人に不幸が襲いかかるという「不条理」が起こるのも人生の一面の現実です。
この因果応報の原理と人生の不条理という現実との間の矛盾に、人間は苦しみ抜いてきました。

 

●3節.イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。

 

「神の業がこの人に現れるためである。」ですから、聖書は、この世はすでに神様の支配下にある、すなわち、イエスによって既に神の恩恵の支配が始まっていると告げています。
恩恵の支配する世では、悪しきことを含め、この世の出来事の一切は神の業と栄光の現れであるということになります。

 

この世がすでに神の支配下にあるのならば、神は善ですから、この世のもろもろの悪徳は、人類が神から離反しているという現実から派生して生まれる罪の結果だということになります。

 

もちろん、神はこの現実をよくご存知で、この世を支配されているのですから、神の癒しの業を行うために(神の栄光を表すために)その様な病があるのではないかと思うのです。

 

なぜならば、神は意味ないことをわざわざなされないし、悪しきことも、恩恵ですから最善になるように用いられるからです。
神は病を作ることは出来なくても、人間の神から離反しているという結果生まれる病はあります。

 

したがって、このような盲人が生まれたのは、予定ではないが神はご存じであるからご計画の内と言うことになります。
5節の「わたしは、世にいる間、世の光である。」というイエスの言葉と、その考え方は矛盾しないと思います。

 

神は永遠の命を見ておられます。
この世だけを見れば確かに不条理極まりない出来事でも、永遠を見られる神の目から見れば不条理ではないのでは思うのです。

 

罪には原罪・思いの罪・行いの罪がありますが、あらゆる罪の源は原罪、つまり神から離反し、悪魔の支配下にいることが原因ではと思うのです。
ここでイエスは輪廻転生を否定されていません。
もし、輪廻転生があるとすれば、イエスを信じたものはパラダイスへ行き永遠の命を得るのですから、生まれ変わりはないことになります。

 

反対に、イエスを信じなかった者は輪廻転生があると言うことになりますから、救われるチャンスが輪廻転生の都度あることになります。

 

まとめてみると、盲目は(この世の不条理も)天罰でなく神の恩恵の現れるための機会だと言われているのです。
その様になった原因はわたしたちにあるのですが、イエスのこの言葉によって災いは天罰でも神の怒りの表現でもなく、その反対で神の栄光・行為の現れるための機会であることになります。
まさしく恩恵です。イエスが人間に与えた大福音です。

 

●4節.わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。

 

「まだ日があるうちに」とは、当時は日没で一日が終わりますので、当時の労働者は日没で、一日が終わり仕事ができなくなります。
ここで言おうとされていることは、労働者をたとえにして、キリスト者はこの世でなすべきは福音の告知で、それが終わりの日の審判の日が来るまでに「まだ日があるうちに」成し遂げておかなければならないと言っておられるのでしょう

 

●5節.わたしは、世にいる間、世の光である。」

 

「世にいる間」と言うのは、なにもイエスがこの地上に肉体をまとって生きておられた間という意味ではなく、復活して御霊となられてこの世におられる間も含まれると解釈します。

 

「世の光」と表現されているのはそういう意味でしょう。
こうしてイエスは、イエスの言葉を信じる者にいつも共におられますから、イエスはこの世を生きる者の希望です。

 

●6節.こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。
●7節.そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。

 

マルコの福音書8章23節では、「触れていただきたい」といやしを願っています。
また、イエスは盲人の目に唾をつけて癒しておられます。
ここでは、盲人は目の癒しを願っていませんから、いやしには信仰が必要と言う癒しの原則に反します。

 

それに、即座にいやさずシロアムの池までいって目を洗いなさいと言って、行為を求めておられます。
このように行為まで求められたのは、信仰を試されたのではと思うのです。
この男は、幼子のようにイエスの言葉を信じたのです。

 

なお、「唾で泥を作る」、「泥を目に塗る」、「池で洗う」というような行為はすべて安息日に禁じられていた行為ですから、この治癒行為が安息日違反として問題になります(14節)。
「見えるようになって」ですが、当たり前ですが、目に塗られた泥が癒したのではなく、イエスの言葉とそれに従って行動した信仰が、神のいやしの力をもたらしたのです。

 

●8節.近所の人々や、彼が物乞いをしていたのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。
●9節.「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。

 

人びとの常識では理解できないことが起こったのですから、当然このような反応になるでしょう。
その奇跡を否定する人もいます。でも否定できない現実がそこにあります。

 

それでも否定したい人は、今見えるようになっている人は生まれつき目が見えなかった人に似ているだけで別人だと理屈をこじつけて納得しょうとします。
それでも、その人本人が「わたしがそうなのです」と言っているのですから、その奇蹟が現実に起こったことを否定しょうがありません。

 

●10節.そこで人々が、「では、お前の目はどのようにして開いたのか」と言うと、
●11節.彼は答えた。「イエスという方が、土をこねてわたしの目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです。」

 

事実は事実です。どのような屁理屈をこねようが否定できません。
そして、人びとは本人に説明を求めますが、その説明はできません。
なにしろ、人間の理解を超える出来事が起こったのですからね。
ただその人は、自分の目を開いてくださった方が「イエスという方」であると答えます。

 

しかし、この人が見えるようになってシロアムの池から戻ってきた時には、イエスの姿はもうそこにはなかったのですから、この人はイエスを知る機会もなかったでしょうが、わざわざイエスを求めて来たのですから名前ぐらいは聞いていたでしょう。

 

●12節.人々が「その人はどこにいるのか」と言うと、彼は「知りません」と言った。

 

ユダヤ人たちはイエスを安息日律法に違反で追及するつもりで、「その人はどこにいるのか」と問うたのでしょう。
癒された人は人びとの質問に、「知りません」と答えます。
その人は実際にイエスがどこにおられるのかを知らなかったと思います。

 

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