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カテゴリー「エゼキエル書を読む」の記事

2025年6月 1日 (日)

エゼキエル戦争(3)(エゼキエル書39章)

引き続きエゼキエル書39章4節から22節です。
●4節.お前とそのすべての軍隊も、共にいる民も、イスラエルの山の上で倒れる。わたしはお前をあらゆる種類の猛禽と野の獣の餌食として与える。
●5節.お前は野の上に倒れる。まことにわたしがこれを語った、と主なる神は言われる。
●6節.わたしは、火をマゴグと海岸地方に安らかに住む者たちに送る。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。

 

ゴグとその軍勢の戦いの犠牲は、神が用意した犠牲の食事となり、その祝宴を行うためにその地の鳥や獣に呼びかけます。(エゼキエル書39章17から20節)

 

●17節.人の子よ、主なる神はこう言われる。あらゆる種類の猛禽と、あらゆる種類の野の獣に語りなさい。お前たちは集まれ。来て、わたしがお前たちのために屠ったわたしの犠牲に向かい周囲から集まれ。それはイスラエルの山々の上での大いなる犠牲である。お前たちはその肉を食らい、その血を飲め。
●18節.勇士たちの肉を食らい、国の支配者たちの血を飲め。それは雄羊、小羊、雄山羊、雄牛であり、みなバシャンの肥えた動物たちである。
●19節.お前たちは、わたしがお前たちのために屠った犠牲から、飽きるまで脂肪を食べ、酔うまで血を飲むがよい。
●20節.お前たちはわたしの食卓で、馬や騎兵、勇士やすべての兵士たちの肉を飽きるまで食べる、と主なる神は言われる。
そして、このゴクの滅びは、諸国民の民に対して神の栄光を証言するものとなります。(エゼキエル書39章21から22節)
●21節.わたしは国々の間にわが栄光を現し、国々はすべてわたしの行う裁きと、彼らの上に置くわたしの手を見る。
●22節.その日から後、イスラエルの家はわたしが彼らの神、主であることを知るようになる。

 

世界の終わりに起こるべきことは、人類最後の戦争であるエゼキエル戦争です。
簡単に言えばロシアを中心に多くの連合国がイスラエルを攻撃するとされている戦争です。

 

この戦いの目的は、諸国の民の前ですから、多くの国々の民が見ている前で、全世界に対してご自身の存在とこの地上における創造主としての主権性を究極的な形で明確にするための神の民イスラエルを襲う反キリストに対する裁きの戦いであり、反面、諸国の民を救いに導く最終的なチャンスとなるのでしょう。

 

ゴグとマゴクに戦いを挑まれたイスラエルは、四方八方から攻撃され絶体絶命の窮地に追い込まれます。
そこで、神は我が民イスラエルを勝利に導くのです。(1から16節)
それも軍事的に勝利するのではなく神の奇跡によって勝利に導びかれるのです。

 

イスラエルを攻めるゴグとマゴクの連合軍を神が滅ぼす手段は、天変地異、すなわち、大地震、豪雨、硫黄です。(エゼキエル書38章18節から20節)

 

この地震によって、20節「海の魚、空の鳥、野の獣、地面を這うすべてのもの、地上のすべての人間は、わたしの前で震え上がり、山々はくつがえり、崖は落ち、すべての城壁は地に倒れる。」と、地上のすべての人間は、わたしの前で震え上がり、とありますから、想像を絶する地震です。

 

こうして、神の介入によってゴグの連合国は壊滅します。(38章21節から22節)
これらは全世界の人々の目の前で奇跡の形で行われますから、誰の目にも明らかに神の御業だとわかります。

 

こうして神は、ご自分の存在と主権を明確にされます。それが、神がこの戦争を許される最大の目的と言えます。
天変地異によってイスラエルを攻める反キリストの連合国は敗北します。

 

ゴクとマゴクの軍勢の敗戦の遺物は、19節に「お前たちは、わたしがお前たちのために屠った犠牲から、飽きるまで脂肪を食べ、酔うまで血を飲むがよい。」とあるように、敗れたゴクの遺物が神が用意した犠牲の食事となり、その祝宴を行うためにその地の「猛禽と、あらゆる種類の野の獣に」呼びかけます。(39章17節から20節)

 

この劇的なゴグの敗戦は、諸国民に対して神の栄光を証言するものとなります。(39章21節から22節)
なお、エゼキエル書の該当箇所の逐条解釈は、投稿文カテゴリー「エゼキエル書を読む」を参考にしてください。

 

ヨハネの黙示録20章8節に「地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする。」とあるように、解き放たれたサタンがゴグとマゴグを惑わして召集したように記されていますが、エゼキエル書38章4節には、「わたしはお前を立ち帰らせ、お前の顎に鉤をかけて、お前とその全軍、馬と騎兵を連れ出す。彼らは皆完全に武装した大集団で、大盾と小盾を持ち、皆剣を持っている。」と、神がゴグの全軍団を召集したことになっています。

 

こうしてみると、エゼキエル書38章は神がゴグの全軍団を召集したことになっていますが、黙示録ではそれはサタンのようですから違います。

 

しかし、サタンは神の許しがなければ何もできませんから、神はサタンの思惑を許されたということでしょうから神が招集されたのと変わりがありません。

 

神はゴグに戦いを仕掛けさせていますが、エゼキエル書38章21節では「わたしはすべての山の上で、ゴグに向かって剣を呼び寄せる、と主なる神は言われる。人はおのおの、剣をその兄弟に向ける。」とあるように、神はゴグの軍団を内輪で殺し合いをさせます。これも神が反キリストであるゴグに対しての裁きなのでしょう。

 

最終的にイスラエルの都エルサレムは、ゴグとマゴグの連合軍に取り囲まれますが、その時、天から火が降って来て彼らは焼き尽くされ救われます。

 

そしてゴグとマゴグを惑わしたサタンは反キリストと偽預言者と共に火の池に投げ込まれます。(ヨハネの黙示録20章10節)

 

最後に、イスラエルを侵略するゴグとマゴグと諸国連合の参加国ですが、わかりにくいので調べてみました。
聖書箇所は、エゼキエル書38章1節から6節です。

 

マゴグの地ゴグ、すなわちメシェクとトバル、同総首長ゴグ、ペルシア、プト、クシュ、ゴメル、ペト・トガルマという国名が挙がっています。
この国名は当時の呼び方ですから、現在ではどの国に該当するかを調べました。

 

・マゴグの地は、ロシア南部、または中央アジアの国々(カザフスタン、タジギスタン、アフガニスタン、ウクライナ等)
・ゴグはヘブライ語で「山」、訳は総首長とかロシュです。
・ロシュは、黒海とカスピ海より北側の地域でロシア北部またはロシアを指すとされています。
・メシェク、トバル、マゴグはノアの息子ヤフェトの子孫です(創世記10章2節)。メシェクとトバルは小アジアにあり、ロシア南部、現トルコの北東地域(イランとトルコの一部、またはトルコ)ではとされています。
メシェクはモスクワの語源で、ロシアへ進出した人々を指し、トバルはトボリスクの語源で、シベリアへ進出した人々を指すとされています。
・マゴグの意味は「ゴグの地」でその場所は黒海とカスピ海周辺のコーカサス地方とウクライナ、その東方のジョージア、~スタンと付いている旧ソ連南部の国々を指すと考えられているそうです。
なお、マゴグは地中海とヨーロッパに進出したスキタイ人(遊牧騎馬民族)であると言われています。
・プト・・ソマリヤ(ソマリランド)、またはリビア

 

ということで、ゴグは、ロシア、シベリア、地中海・黒海・カスピ海の周辺、旧ソ連の地域で最高位に着く者であるとし、ペルシャ(現在のイラン)、
クシュ(エチオピア又はスーダン)、プト(リビア)、ゴメル、ベテ・トガルマを連合軍として従えます。
・ゴメルは、ドイツ、またはトルコ。ヤペテの子孫でアシュケナズ、リファテ、トガルマの父であり、トルコあたりから後にドイツに移住した人々であるとされています。
・ベテ・トガルマは、アルメニアとトルコあたりから北の果てに移動したと推測されています。

 

ちょっと、ややこしいのですが、この中で確実にエゼキエル戦争に参加するのは、イラン、ロシア、トルコです。

 

しかし、エゼキエル書39章17節は今までの流れと違い、改めて「人の子よ、」という見出しで始まりますが、場面が変わったのでしょうか。

 

17節以降もゴグとマゴグの戦いの一部と解釈して良いのでしょうか。
エゼキエル書39章17節から29節を、イスラエルの民族的回復のプロセスが始まることを預言したものとして、ハルマゲドン(ヨハネの黙示録16章16節)の戦いの預言であると解釈されている研究者の方もおられるようです。

 

エゼキエル戦争(2)(エゼキエル書38章と39章)

<エゼキエル書の該当箇所>
エゼキエル書38章と39章のゴグの戦いの預言は、ヨハネの黙示録20章7節から10節で預言された「千年王国」の最後の時に起こる神のゴグとマゴクとの戦いを参考に書きます。

 

さて、千年間のキリスト支配後、すなわち、ヨハネの黙示録20章7節から10節の「千年王国」の終わりの頃に千年の間幽閉されていたサタンが解き放たれます。

 

サタンは神に反逆するために、地の四方にある諸国の民、すなわちゴグとマゴク(反キリスト)を惑わし、イスラエルとの戦いに備える(ヨハネの黙示録20章8節、上記)ということになります。

 

 

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2025年5月15日 (木)

エゼキエル戦争(1)

エゼキエル戦争(1)(おじさんの聖書)
ゴクとマゴク、いわゆるエゼキエル戦争をまとめました。
最初に、名前の説明ですが、「マゴグ」はイスラエルを侵略する諸国連合の中心国を指し、「ゴグ」はマゴグの総首長を指します。
エゼキエルの預言は、このゴグに対する預言という形で語られています。

 

このゴグが招集した諸国の反キリストで構成された軍隊が、イスラエルに侵攻するのです。

 

<エゼキエル戦争が起こるのはいつか>
エゼキエル戦争が起こるのは、終わりの日であるのは間違いないのですが、艱難時代の前か後か、または艱難期中間かで別れています。
正直いつなのかわたしには分かりませんが起こるのは確かです。

 

ヨハネの黙示録でゴグとマゴクの名が出てくるのは20章7節から10節で、おそらく反キリストの象徴として神の御業によって滅ぼされることが千年王国の終わりに起こることになっています。

 

 

 

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2022年1月11日 (火)

偶像礼拝の山(6章)

聖書の箇所は、6章1節から14節です。
この箇所の主題は、「わたしが主であることを知るようになる。」でしょう。
エゼキエルは、1,000kmも離れたイスラエルの山に向かって預言することを主に命じられます。人々がその山々で偶像礼拝の罪を犯していました。

 

山ではバアル礼拝が、谷ではモレク礼拝がおこなわれていました。
祭壇ではわが子を犠牲にするという忌まわしいことが行われていました。

 

そのことが主の怒りを買うことをイスラエルは自覚していなかったのです。
そこに主による裁き、エルサレム破壊の根本的な理由があるのです。

 

主の裁きにより、町が破壊され、人々が死に、捕囚の民として散らされるのですが、それによって真の神を知るようになることを神は期待されているのです。
そのために少数の者を残されました。

 

 

 

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2021年7月17日 (土)

嗣業の割り当て(2)(48章)

聖書の箇所は、48章1節から35節です。

 

●1節.部族の名は次のとおりである。「北の限界は、ヘトロンの道からレボ・ハマトを経てハツァル・エナンに至る。これがダマスコとの国境である。その北側にハマトがある。その東の端から海までがダン族のものである。これが一部族。
●2節.ダン族の境界線に沿って、東の端から西の端までがアシェル族のものである。これが一部族。
筆頭にダン部族の名があります。

 

歴代誌の系図にダン族の名が記されていません。
歴代誌は、ユダ族がバビロンから帰還した後に書かれていますから、この頃のダン族はイスラエルの十二部族から除外されていたということになります。

 

理由はいろいろと述べられていますが、いずれにしても、十二部族の中で最も神さまから遠い存在になったダン族です。
彼らは千年王国の始まりの時には十二部族の筆頭としてその名前が再び刻まれているのです。
神は見捨てておられなかったのですね。

 

 

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嗣業の割り当て(1)(47章)

聖書の箇所は、47章13節から23節です。
いま、エゼキエルが見ているのは、主がかつてアブラハムに与えられた土地の約束、「その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、」(創世記15章18節)が実現する幻です。

 

エゼキエル書最後の瞑想は、千年王国において回復(霊的にも)されたイスラエルの12部族に対する土地の配分です。
ダビデ・ソロモン王国の時代は、イスラエルは一つでした。

 

ソロモン以降イスラエルは南北二つに分裂しました。南ユダはバビロン捕囚から解放されてエルサレムに帰還し、神殿を建てますが、紀元70年に、神殿はローマ軍によって破壊され、それによってユダヤ人は全世界に散らされました。

 

しかし、千年王国前にはソロモン時代のようにイスラエルは再び世界各地から集められ、ソロモンにまさる王である主イエスによって統治されます。つまり、メシアの王国の誕生です。

 

そのときに各部族に配分される土地の領域は、かつてソロモン王が支配した地域です。

 

 

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2021年7月10日 (土)

命の水(47章)

聖書の箇所は、47章1節から12節です。

 

●1節.彼はわたしを神殿の入り口に連れ戻した。すると見よ、水が神殿の敷居の下から湧き上がって、東の方へ流れていた。神殿の正面は東に向いていた。水は祭壇の南側から出て神殿の南壁の下を流れていた。
●2節.彼はわたしを北の門から外へ回らせ、東に向かう外の門に導いた。見よ、水は南壁から流れていた。

 

エゼキエルは、主に「神殿の入り口」に連れ戻されました。
「水が神殿の敷居の下から湧き上がって、東の方へ流れていた。」とあります。

 

「神殿の敷居の下」からで、本堂の玄関の敷居のところから湧き上がっているのです。
「神殿の正面は東に向いていた。」ですから、本堂の玄関を向かいにして立つと、西に向かって立っているので「水は祭壇の南側から」ですから、左側から水が出て「南壁の下を流れていた。」のです。

 

 

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2021年7月 3日 (土)

新しい神殿の幻(40章)

聖書の箇所は、40章1節から49節です。
ここ40章から48章は、祭司エゼキエルが見た新しい神殿の幻です。

 

時期は1節に、第一次捕囚から25年、神殿崩壊から14年、紀元前573年の時です。
内容は新しく再建される神殿の詳細な設計図ですが、彼は祭司でしたから、主が彼に新しい神殿の幻を見せられたのでしょう。

 

イスラエルに神の栄光が戻ってきます。
驚くべき、新しい神殿の構造の幻から始まり、祭司によるいけにえの制度の回復、君主の入城、エルサレムの町、相続地と事細かに主はエゼキエルに、将来の回復した姿をお見せになります。

 

●1節. 我々が捕囚になってから二十五年、都が破壊されてから十四年目、その年の初めの月の十日、まさにその日に、主の手がわたしに臨み、わたしをそこへ連れて行った。

 

紀元前573年のことでした。
エゼキエルが捕囚の民としてここに連れて来られたのが597年で、神殿が破壊されたのが586年です。
そして、「その年の初めの月の十日、」とあります。

 

ユダヤ人の宗教的な暦では「新年」で、過越の祭りの時です。
捕囚となったユダヤ人は、バビロンのケバル川のほとりで共同体をなして住んでいました。
エゼキエルは、主によってエルサレムの方へ<2節)連れて行かれます。

 

●2節.神の幻によって、わたしはイスラエルの地に伴われ、非常に高い山の上に下ろされた。その南側に都のように建設された物があった。
●3節.主がわたしをそこへ連れて行くと、その姿が青銅のように輝いている一人の人が門の傍らに立っており、手には麻縄と測り竿を持っていた。

 

 

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2021年6月26日 (土)

マゴグのゴグに対して(2)(39章)

聖書の箇所は、39章1節から29節です。
終末における艱難の7年が始まる前、艱難時には自然界の異変(豪雨、雹、火と硫黄が降る、大地震など)があります。こうした出来事はいったい何を物語っているのでしょうか。

 

ここ39章は38章の続きで、ゴグを主が徹底的に叩かれます。
それは、このことを通して、ご自分の聖なる名を現し、諸国民が、そしてイスラエル自身が、この方こそ主であることを知るためだと言われています。

 

そう、なぜこのような艱難をもって主はわたしたちにご自分の存在を知らしめようとされるのか。
それはわたしたちに自分の方を向いてほしいから。愛してほしいから。それは最終的にはすべての被造物を救いたい、という強いお気持ちからではないでしょうか。

 

地獄に送ってお終いなら、ほっておけば良いことです。

 

●1節.人の子よ、あなたはゴグに向かい預言して言いなさい。主なる神はこう言われる。メシェクとトバルの総首長ゴグよ。わたしはお前に立ち向かう。
●2節.わたしはお前を立ち帰らせ、お前を導いて北の果てから連れ上り、イスラエルの山々に来させる。
●3節.そして、お前の左手から弓を叩き落とし、右手から矢を落とさせる。

 

主は38章と同じ言葉を繰り返されています。
2節と3節を読めば、「わたしは・・・させる」という言葉を使いご自分がこれらのことを全て行なっていると言われています。
ゴグが行なっていることは全て、初めから主が注意深くそうさせておられた、ということです。

 

全ての出来事は主の御手の中にあります。主が支配を受けない領域というのは存在しません。
だから、わたしたち個人の生活のなかで、どんなことが起こっても、それは主が起こしておられることなのだ、と認めることができるのです。

 

 

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マゴグのゴグに対して(1)(38章)

聖書の箇所は、38章1節から23節です。
33章から始まるエゼキエルの預言の時期は、エルサレムの町がバビロンによって破壊されたことをエゼキエルが知った直後だと思います。
主によるイスラエルの復興は、36章1から15節で、「土地の回復」の預言、同16節から37節で、イスラエルの全家の内的回復の預言です。

 

37章15節から28節で、二つの王国(ユダとイスラエル)を象徴行為によって再統合する「国の回復」の預言、と進み、ここ38章と39章では、そのイスラエルに対し、終わりの日にゴグを筆頭とする多くの国々が雲のように攻め上ってくる預言です。

 

ただし、36章で語られている回復の預言は、バビロンからの帰還としての回復のことではありません。ずっと後のことの預言です。
なぜならば、イスラエルの民が全世界に離散していたわけではなく、民の帰還も一部であるからです。

 

36章の回復の預言は、土地の回復がシオニズム運動、すなわち、19世紀末から始まったユダヤ人国家を建設しようという運動によってその一部が1948年のイスラエル建国によって一部実現しました。
それが37章の二つの国家の再統合「国の回復」の預言の実現でしょう。

 

しかし、肝心の霊的な部分がまだ復興していないのです。真の神の姿を知らない人々がイスラエルには大勢いるのです。
この奇跡的な土地の回復をもってしても、また奇跡的な国の復興を見ても、なお主を認められない人々がイスラエルには大勢いるのです。

 

そこで主は、豊かで安全だとされる地に、絶体絶命の危機を、ゴグを通して与えられ、そしてゴグを打ち砕かれることによって、イスラエルの民、また諸国の民が、この方こそまことの神、まことの主であることを認めるように仕向けられるのです。それが37章の預言です。

 

 

 

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