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カテゴリー「ユダの手紙を読む」の記事

2020年2月20日 (木)

前置き(ユダの手紙

著者は自らを1節で「イエス・キリストの僕で、ヤコブの兄弟であるユダ」と名乗っています。


ということは、この手紙の著者は、主の兄弟ヤコブの兄弟ですから、イエスの兄弟であるユダ(マルコの福音書6章3節)ということになります。
このユダの手紙は、ギリシア語で書かれていて、複雑な用語を多用した立派なものだということです。


ユダは、ユダヤ人でありながら、ギリシア語に堪能であったのではということです。


おそらく、ギリシア語圏のユダヤ人の間で福音活動をしていましたので、このようなレベルのギリシア語を使えるようになったのではないでしょうか。

 

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2020年2月21日 (金)

挨拶と偽教師についての警告(1節から)

聖書の箇所は、ユダの手紙1節から16節です。

 

●1節.イエス・キリストの僕で、ヤコブの兄弟であるユダから、父である神に愛され、イエス・キリストに守られている召された人たちへ。
●2節.憐れみと平和と愛が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。

 

「ヤコブの兄弟であるユダから」ですから、この手紙の差出人はユダで、あて先は「神に愛され、イエス・キリストに守られている召された人たち」です。

 

この手紙の読者がどのような立場の人かというと、「父なる神に愛され」ていて、「イエス・キリストに守られて」いて、神に「召された」人々です。

 

まさしく、キリストの民のあるべき姿です。

 

ということは、神の憐みと平安と愛が豊かであれば、キリスト者の内なる人が日々新たにされて、神との関係がますます深まっていくということでしょう。

 

これが救われた者に対する神の御心でもあります。

 

●3節.愛する人たち、わたしたちが共にあずかる救いについて書き送りたいと、ひたすら願っておりました。あなたがたに手紙を書いて、聖なる者たちに一度伝えられた信仰のために戦うことを、勧めなければならないと思ったからです。

 

ここはこの手紙の執筆目的です。

 

 

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2020年2月26日 (水)

警告と励ましと賛美の祈り(17節から)

聖書の箇所は、ユダの手紙17節から25節です。

 

●17節.愛する人たち、わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉を思い出しなさい。

 

●18節.彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、あざける者どもが現れ、不信心な欲望のままにふるまう。」

 

著者は「愛する人たちよ」と呼びかけて、「わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉」を思い起こさせます。

 

18節で引用されている「終わりの時には、あざける者どもが現れ、不信心な欲望のままにふるまう。」という言葉は、文書は複数形なので、特定の使徒の言葉ではなく、使徒たちの説教や終末預言を要約しているものではということです。

 

●19節.この者たちは、分裂を引き起こし、この世の命のままに生き、霊を持たない者です。

 

 

 

 

 

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