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カテゴリー「ヘブライ人への手紙を読む」の記事

2019年10月 8日 (火)

前置き(ヘブライ人への手紙

この手紙は、パウロが殉教した後のアジア州のパウロが設立した集会の文書だということですから、パウロ以降のパウロ系集会でキリストの福音がどのように伝わっているかを知る上で重要な文書だと思います。

 

この手紙には、差出人と受取人が書かれていないので、文書の内容から推察する他ないのでしょう。

 

しかし、「ヘブライ人への手紙」となっていますから、受取人はヘブライ人、すなわちユダヤ人であると思います。

 

なお、13章24節の「イタリア出身の人たちが、あなたがたによろしくと言っています」という言葉から推測すると、著者がイタリア以外の地にいて、そこからイタリアの信徒たちにこの手紙を送るときに、一緒にいるイタリア出身の人たちが故国の兄弟たちに挨拶を送っているとする見方もできます。

 

当時イタリアにあるキリスト者の集会としては、まずローマの集会が考えられます。

 

ローマではユダヤ人信徒と異邦人信徒が混在していました。

 

 

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2019年10月11日 (金)

神は御子によって語られた(1章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙1章1節から4節です。

 

●1節.神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、

 

神は語られる神ですから言葉の神です。言葉ですから、その言葉には発する人の力が、すなわち、神の思いが働いています。

 

このように神を語られる神として認識するのは、聖書の神以外にはないでしょう。

 

「かつて」ですから、むかしに神が語られた時のことと、御子イエス・キリストが現われてから語られていることとを対比しています。
むかし、すなわち旧約聖書の時代は、預言者を通してイスラエルの先祖たちに神は語られました。

 

「多くのかたちで」語られたとありますが、これは、時代を追って、少しずつ神がご自分の計画を明らかにされたことを意味しているのでしょう。

 

つまり、アダムに与えられた神の啓示よりも、ノアに与えられた神の啓示のほうが、詳しくなっています。

 

ノアよりもアブラハムのほうが、アブラハムよりもモーセのほうが、モーセよりもダビデのほうが、神のご計画が詳しく明らかにされているということです。

 

 

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御子は天使にまさる(1章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙1章5節から14節です。

 

●5節.いったい神は、かつて天使のだれに、/「あなたはわたしの子、/わたしは今日、あなたを産んだ」と言われ、更にまた、/「わたしは彼の父となり、/彼はわたしの子となる」と言われたでしょうか。

 

「あなたはわたしの子、・・」は、イエスは神の子だと宣言する詩編2編からの引用でしょう。

 

なお、「産んだ」という言葉は、イエスは神によって造られたもののように受け取れますが、成ったので、産まれたのではないのです。
「わたしは彼の父となり、/彼はわたしの子となる」は、サムエル記下7章14節からの引用でしょう。

 

ダビデの王座から出てくる子がわたしの子であり、またわたしは彼の父である、と言われています。

 

サムエル記下7章13節に、「わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える」の「とこしえの王座」は、人間の国家ではなく神の国を指すのでしょう。

 

神の子であるイエスのために神が据えられた王国ですから、神の御子イエスは、神の地位と権威と支配をすべて持っている、ということになります。

 

だから、1章4節の「御子は、天使たちより優れた者」ということなのでしょう。

 

●6節.更にまた、神はその長子をこの世界に送るとき、/「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」と言われました。

 

 

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2019年10月13日 (日)

大いなる救い(2章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙2章1節から4節です。

 

●1節.だから、わたしたちは聞いたことにいっそう注意を払わねばなりません。そうでないと、押し流されてしまいます。

 

「だから」は、1章から続いて「わたしたちは聞いたこと」、すなわち、永遠の御国を相続されるキリストと、キリストの福音を受け入れて救いにあずかった者がキリストと共同の相続人として御国を相続する、ということでしょう。

 

そこでこの手紙の著者は、この救いについて「聞いたことにいっそう注意を」払い、心に留めて、押し流されないようにと警告しています。

 

「押し流される」とは、海を航行している船が、潮の流れによって違う方向に流されてしまい、救助が必要な状態を指しますから、それと同じように、救いについて、間違った教えに流されていつの間にか福音の道から離れていってしまい、もう取り返しのつかない状況にならないようにしなさい、という勧告でしょう。

 

この手紙がヘブライ人あてに書かれていますから、おそらく、もともとユダヤ教徒であったが、イエスを救い主と信じてキリストの集会に加わった信徒たちの中に、ユダヤ人の間違った教えに惑わされて、元のユダヤ教の中に舞い戻ろうとしている信徒がいたから、その者に勧告しているのではないかと思うのです。

 

 

 

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2019年10月17日 (木)

救いの創始者(2章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙2章5節から18節です。

 

●5節.神は、わたしたちが語っている来るべき世界を、天使たちに従わせるようなことはなさらなかったのです。

 

「来るべき世界」を「天使たちに従わせ」なかったのならば、誰に従わせたのかですが、それは御子です。

 

「来るべき世界」は、「来るべき世」のことですから、神の救済と栄光が完全に実現する終末の事態を指しているのでしょう。

 

次節以降で、「来るべき世界を天使たちに従わせなかった」のは、御子が天使に優ることが、論じられています。

 

それを論証するために著者は、御子が人間となられた意義を論じ、人間となられた御子こそが「救いの創始者」であり、大祭司となるにふさわしい方であるとし、「祭司キリスト」へと導きます。

 

●6節.ある個所で、次のようにはっきり証しされています。「あなたが心に留められる人間とは、何者なのか。また、あなたが顧みられる人の子とは、何者なのか。

 

●7節.あなたは彼を天使たちよりも、/わずかの間、低い者とされたが、/栄光と栄誉の冠を授け、

 

この箇所は、詩編8編3節、5節から7節からの引用でしょう。

 

 

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イエスはモーセに優る(3章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙3章1節から6節です。

 

この手紙はユダヤ人であるキリストの民に書かれたと思うのですが、彼らはイエスを約束のメシヤであると信じていましたが、ユダヤ教を捨てないで、ユダヤ教の中で生活をしながらキリスト信仰を守ろうとしていました。

 

もちろん、ユダヤ教徒たちからの迫害もあったでしょう。厳しい信仰生活の中で、迷いもあったでしょう。

 

当時ユダヤ教を捨てるということは、ユダヤ人の生活共同体から離れることですから、生きてはいけなかったと思います。

 

そこでこのヘブル書の著者は、イエスが、ユダヤ教の柱であるモーセを取り上げて、イエスがいかなるものよりも、さらにすぐれた方であることを示して、(ユダヤ教から離れなさいとは言わないで)しっかりと、キリスト信仰に立つよう勧めています。

 

●1節.だから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち、わたしたちが公に言い表している使者であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。

 

著者はこの手紙の読者に対し「天の召しにあずかっている」と言っています。

 

わたしたちは、この地上に住んでいますから「天の召しにあずかっている」のです。

 

 

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2019年10月20日 (日)

神の民の安息(3章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙3章7節から4章13節です。

 

●7節.だから、聖霊がこう言われるとおりです。「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、

 

●8節.荒れ野で試練を受けたころ、/神に反抗したときのように、/心をかたくなにしてはならない。

 

●9節.荒れ野であなたたちの先祖は/わたしを試み、験し、/四十年の間わたしの業を見た。だから、わたしは、その時代の者たちに対して/憤ってこう言った。『彼らはいつも心が迷っており、/わたしの道を認めなかった。』

 

●10節.荒れ野であなたたちの先祖は/わたしを試み、験し、/四十年の間わたしの業を見た。だから、わたしは、その時代の者たちに対して/憤ってこう言った。『彼らはいつも心が迷っており、/わたしの道を認めなかった。』

 

●11節.そのため、わたしは怒って誓った。『彼らを決してわたしの安息に/あずからせはしない』と。」

 

著者は、イスラエルであるキリストの民に「あなたたち」と呼びかけています。

 

あなたたちの先祖が、出エジプト後の荒野でどのような道を歩んだかを思い出させています。

 

かつて、イスラエルの民はエジプトで奴隷状態にありましたが、神の不思議と力あるわざによって、脱出することが出来ました。

 

 

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2019年10月22日 (火)

偉大な大祭司イエス(4章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙4章14節から5章10節です。

 

一般的なキリスト告白(1章1節から3節)で、聖書を根拠にしての議論と具体的な勧告、そして、ここは本題です。

 

●14節.さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、わたしたちの公に言い表している信仰をしっかり保とうではありませんか。

 

大祭司の務めは、民を代表して神の前に出て供犠を行い、民を執り成し、民が神に受け容れられるようにすることです。

 

古代では、神を崇める宗教ならば、どの民の宗教にも大祭司がいて、この役目を果たしています。

 

ところが、キリストの民には神殿も供犠の制度もないのです。

 

信徒それぞれに聖霊が内住されていますから、内におられる御霊に祈るだけでよいのです。

 

それに、イエス・キリストという「偉大な大祭司」が、「もろもろの天を通過」して、神の右に座して、わたしたちのために執り成しておられます。

 

 

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2019年10月24日 (木)

一人前のキリスト者の生活(5章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙5章11節から14節、6章1節から12節です。

 

●11節.このことについては、話すことがたくさんあるのですが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、容易に説明できません。

 

「このこと」というのは、5章9節と10節のイエス・キリストのことで、そのことで話すべきことがたくさんあるが「あなたがたの耳が鈍くなっているので」、今はそれができないと言っています。

 

「耳が鈍くなっている」と言うのは、キリスト信仰を惑わす教えが入ってきて、聞く人々の耳が鈍くなっているということでしょう。
慎重に説明しなければ、また誤った方向に受け取られかねません。

 

この手紙のユダヤ人キリストの民は相当重症です。 

 

●12節.実際、あなたがたは今ではもう教師となっているはずなのに、再びだれかに神の言葉の初歩を教えてもらわねばならず、また、固い食物の代わりに、乳を必要とする始末だからです。

 

聖書では、神の言葉を乳飲み子が乳を欲しがるのをたとえに語られています。

 

ペトロの手紙一2章2節に「生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。」という箇所があります。

 

そのような状態にあるのは、(教師となっているはずなのに)「教師になっていない」ことが理由としてあげられます。

 

 

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神の確かな約束(6章)

聖書の箇所は、ヘブライ人への手紙6章13節から20節です。

 

●13節.神は、アブラハムに約束をする際に、御自身より偉大な者にかけて誓えなかったので、御自身にかけて誓い、

 

●14節.「わたしは必ずあなたを祝福し、あなたの子孫を大いに増やす」と言われました。

 

●15節.こうして、アブラハムは根気よく待って、約束のものを得たのです。

 

●16節.そもそも人間は、自分より偉大な者にかけて誓うのであって、その誓いはあらゆる反対論にけりをつける保証となります。

 

●17節.神は約束されたものを受け継ぐ人々に、御自分の計画が変わらないものであることを、いっそうはっきり示したいと考え、それを誓いによって保証なさったのです。

 

12節の神が「約束されたもの」は、旧約聖書のアブラハムの言葉のことでしょう。

 

著者はそれをもって説明します。

 

 

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