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カテゴリー「一世紀のキリスト教」の記事

2016年1月 4日 (月)

生まれたてのキリスト共同体

イエスの復活顕現を体験した弟子たちは、とくにガリラヤの弟子たちは家族を伴って生活基盤をエルサレムに移し、エルサレムに集まりイエスを信じる最初の集会が形成されました。

ガリラヤから移り住んだ弟子たちと、エルサレムに留まっていたイエスを信じる人たち120人(使徒言行録1章15節)ほどが、イエスが予告されていたことを待つために(ルカの福音書24章19節)集まって祈っていると、聖霊の大降臨が起こります(使徒言行録2章)。

集会に集まった全員に御霊が降り、異言が語られました。

この出来事はエルサレム在住の大勢のギリシア語を話すヘレニストのユダヤ人(離散ユダヤ人)たちの知るところとなりました(使徒言行録2章)。

ギリシア語を話す離散ユダヤ人は、祭りで、巡礼のためにエルサレムに来ていたエルサレムに住まいの拠点を持っている人たちでしょう。

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生まれたてのキリスト信仰

生まれたてのキリスト共同体の構成メンバーは、ユダヤ人のみで、ユダヤ教徒でもありました。

ユダヤ教徒でありながらキリスト信仰(イエスをメシアと信じる信仰)を持っていたのです。

キリスト信仰のユダヤ人は、ユダヤ教指導者層から律法違反を疑われ、迫害されましたが、最初のころはユダヤ教を否定する者として、ユダヤ教会堂から追放されることはありませんでした。

その様な人たちのことをユダヤ教内で、当時「この道」(使徒言行録9章2節ほか)と呼んでいたようです。

キリスト信仰のユダヤ人は、キリストを信じながらユダヤ教会堂から追放されることがなかったのは、キリストを信じながら忠実なユダヤ教徒として律法を順守し、神殿祭儀を守っていたからでありましょう。

使徒言行録によれば、エルサレム共同体の信者と使徒たちは、「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心を持って一緒に食事をし、神を賛美していた」と書いています(使徒言行録2章46節、47節)。

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2016年1月 8日 (金)

ダビデの子孫イエス

イエスが地上におられたころのユダヤ教では、来るべきメシア(救い主)はダビデの家系から出る、と広く信じられていました。

ダビデは、イスラエルの栄光の時代を築き上げた王です。

その王の子孫からメシア(救い主)が出ると信じられていたのです。

そのメシアは、イスラエルを異教徒(この時代はローマ帝国)の支配から解放し、ダビデ王国のような栄光の王国を再建すると期待されていました。

イエスの力ある働き(奇跡とかしるし)を見た群衆は、イエスを「ダビデの子」と呼んで迎えましたが、イエス自身はご自分を「ダビデの子」とは宣言されたことはないと思います。

それは、当時のローマからの解放運動の指導者と誤認されることを避けられたからではないかと思うのです。

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2016年1月10日 (日)

聖霊降臨を待つ弟子

11人のイエスの直弟子(ユダを除く)たちは、イエス逮捕の巻き添えを恐れて、過越祭が終わると故郷ガリラヤに戻りましたが、そこで驚くべき体験をします。

それは生前イエスが予告されていたことですが、イエスが十字架で殺されたのに復活されて弟子たちの前に現れたのです。

なお、弟子の中にはもともとエルサレムに居住する人たちもいたでしょうから、その人たちもイエスの復活顕現を体験していたと思います。

使徒言行録2章は、その人たちの復活顕現を記載しているのでしょう。

イエスの逮捕と十字架の巻き添えを食うのを恐れて故郷に帰っていた弟子たちは、復活されたイエスの顕現を体験し勇気が与えられて、生前のイエスの言葉を思い出し、約束された主の再臨を待つために、そして、この事実を民に告知するために、生業を捨てて家族ともどもエルサレムに移住します。

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復活されたイエスの昇天

聖書箇所は、使徒言行録1章9節から11節です。

●9節.こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。

●10節.イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、

●11節.言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

ルカの福音書と使徒言行録の著者ルカは、イエスの昇天を福音書では24章50節と51節で「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。」と書き、使徒言行録では1章3節で「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。」とし、同9節で「こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。」、同12節で「使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。」としていますから、イエスは「オリーブ畑」というところから昇天されたことになっています。

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2016年1月11日 (月)

イエス十字架後の弟子たち

十一人の弟子たちは、故郷ガリラヤで、十字架で死なれたイエスの復活顕現という驚愕的な出来事を体験し、驚くと同時に生前にイエスが語っておられた言葉を思い出して、その言葉が本当のことだったのでは確信するに至り、実現に希望を持ち勇気づけられます。

弟子たちは、イエスが生前に約束された聖霊を待つために、また、主イエスの再臨の預言を受けて、生業を捨てて家族ともどもエルサレムに移住しました。

イエスの家族、すなわち、母マリアと兄弟たち、また、ガリラヤでイエスに従った女性たちも、弟子たちと一緒に故郷を引き払ってエルサレムに移住しました。

そして、彼らは先の過越祭のとき最後の晩餐をとったシオン地区の二階部屋(または屋上の間)に集まり、心を合わせて約束の御霊を熱心に祈りました。

ルカの福音書は、ペトロ以下その時の十一人の弟子の名をあげています(1章12節から14節)。

なお、弟子が十一人となっているのは、イエスに選ばれた十二人の弟子の一人ユダがイエスを裏切って脱落したため十一人になっているのです。

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2016年1月15日 (金)

聖霊降臨(ペンテコステ)

まず、使徒言行録の聖霊降臨の時の様子は次の通りです。

2章1節.五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、

2節.突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。3節.そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。

4節.すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

1節の五旬節(ペンテコステ)とは、過越祭と仮庵祭と並んで、ユダヤ教の三大巡礼祭の一つです。

「五旬祭の日」は、春先の過越祭の五十日後に行われます(七週の祭りともいわれます)。

昔は「刈り入れの祭り」と呼ばれ、小麦の刈り入れの祭りでした(出エジプト34章22節)。

過越祭を構成する「種入れぬパンの祭り」が穀物の収穫の開始を告げたのに対し、わずか一日の五旬節の祭りが収穫の結びを飾ることになります。

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2016年1月16日 (土)

イエス当時のユダヤ教諸派

生まれたばかりのイエスをメシアと信じる人々が集まるエルサレム共同体を周囲のユダヤ教社会は迫害しました。

その迫害の内容を調べましたので、簡潔にまとめて書いておきます。

当時の時代背景を知ることは、福音書の理解に大切だと思うからです。

というのは、ユダヤ教社会と言っても、それは一色ではないからです。

ユダヤ教は、当時サドカイ派、ファリサイ派、エッセネ派の三派でした。

その三つの派のエルサレムのキリスト共同体に対する対応は一律ではなくそれぞれ違った対応をしています。

他にも「熱心党」というのがありますが、ユダヤ教の一派ではないとする説がありますのでここでは省略します。
使徒たちを逮捕し、死刑の判決を下そうとしたのはサドカイ派だということです。

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2016年1月18日 (月)

パウロの宣教活動

キリストの民を捕縛するためにダマスコに向かっていたパウロは、強い光に打たれて倒れます。

パウロとイエスは同年代の人物で、どちらも有名人で、ユダヤ人ですから、パウロはダマスコでの出来事でキリストに会うのですが、それより前にイエスを知っていたと思います。

パウロは、熱心なユダヤ教徒で、律法学者(フワリサイ派)として、イエスを信じるギリシア語を話す離散ユダヤ人がモーセ律法と神殿祭儀について批判的な態度をとるのを見て、彼らの教師であるイエスとその弟子たちを許すことができなかったのでしょう。

したがって、パウロは最初、キリスト教徒の迫害者としてイエスの弟子たちの前に現れたのです。

パウロの劇的な回心ですが、パウロがダマスコの信徒を捕縛しようとしてダマスコ途上を急いでいたときにパウロは突然強い光に打たれて倒れます。

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2016年1月22日 (金)

パウロの人類救済史

パウロは、イスラエルの民に臨まれた天地万物の創造者である神は唯一で、その神がアブラハムを選び(同時に子孫であるイスラエル民族をご自身の民として選び)、人類を救済する働きを進めておられると理解していたはずです。

それはイスラエルの歴史そのものなのです。その歴史を著す旧約聖書は、イスラエルの神話であり歴史です。

救済史とは、人類を罪の中から救いあげるための神のご計画であり、そのご計画は人類の歴史の中でなされていると言う理解です。

キリスト教は、そういう見方で神の救いの働きを見る宗教です。

よって、神の人類救済史を明らかにする書です。ほかの宗教とはずいぶん違うと思いませんか。

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