フォト
2026年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー

カテゴリー「ヨハネの手紙を読む」の記事

2020年2月15日 (土)

結びの言葉(ヨハネの手紙三)(13節から)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙三13節から15節です。

 

●13節.あなたに書くことはまだいろいろありますが、インクとペンで書こうとは思いません。

 

●14節.それよりも、近いうちにお目にかかって親しく話し合いたいものです。

 

「インクとペンで書こうとは思いません」(13節)ですから、当時の手紙は、羊皮紙やパピルスといった高価なものに書かれていましたし、文章だけでは、いろいろと解釈できて、行き違いや、誤解を招きかねないので、様々な問題については、直接顔を合わせてお話したい、と希望を述べているのでしょう。

 

思いを正確に伝えるには、直接会って話し合うのが最適です。

 

文書だけでは十分とは言えません。

 

●15節.あなたに平和があるように。友人たちがよろしくと言っています。そちらの友人一人一人に、よろしく伝えてください。
手紙の終わりの挨拶です。

 

「友人たち」とありますが、同じキリストにある兄弟姉妹の間でも、自分が信頼して話をすることが出来る人たちを持つことは大切だと思います。

 

これで第三の手紙が終わりました。

 

第二の手紙との違いは、第二の手紙が真理、またキリストの教えに重きがおかれていたのに対し、第三の手紙は、実際の真実な行ないに重きが置かれていました。

 

ヨハネの手紙一、二、三を通して、著者ヨハネがいかに「真理、愛、命」という言葉を愛した使徒であったかがわかります。

 

善を行う者、悪を行う者(5節から)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙三5節から12節です。

 

●5節.愛する者よ、あなたは、兄弟たち、それも、よそから来た人たちのために誠意をもって尽くしています。

 

「よそから来た人」というのは、おそらく巡回伝道者、巡回預言者のことでしょう。

 

ガイオが行なっていたことは、遠くからやってきた巡回預言者たちのもてなしであったのでしょう。

 

当時の宿泊事情は、劣悪で、不品行が行なわれていたということです。

 

そのためには、巡回者らの宿泊場所の世話は欠かせないことであったようです。ガイオが彼らをもてなしたことに感謝を述べているのでしょう。

 

 

続きを読む "善を行う者、悪を行う者(5節から)" »

2020年2月10日 (月)

挨拶(ヨハネの手紙三)(1節から)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙三1節から4節です。

 

しかし、ヨハネの手紙二と同様、この手紙も非常に短いのですが、なぜ聖書の一部になっているのでしょうか。
なぜ、聖典として選ばれたのか、興味があります。

 

●1節.長老のわたしから、愛するガイオへ。わたしは、あなたを真に愛しています。

 

ここでもヨハネは、自分のことを長老と呼んでいます。

 

この手紙の相手は、「ガイオ」という人物です。

 

 

続きを読む "挨拶(ヨハネの手紙三)(1節から)" »

結びの言葉(ヨハネの手紙二)(12節から)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙二12節から13節です。

 

●12節.あなたがたに書くことはまだいろいろありますが、紙とインクで書こうとは思いません。わたしたちの喜びが満ちあふれるように、あなたがたのところに行って親しく話し合いたいものです。

 

真理を共有していない、惑わす者に対しては、挨拶もしてもいけない、と警告し、真理を共有している者同士では、紙とインクだけでなく、「あなたがたのところに行って親しく話し合いたい」と願っています。

 

●13節.あなたの姉妹、選ばれた婦人の子供たちが、あなたによろしくと言っています。
「あなたの姉妹」というのは、婦人たち姉妹集会のことでしょう。

 

「選ばれた婦人の子供」の子供は、前にも書きましたが、選ばれた婦人によってキリストに導かれた人々を指しているのでしょう。

 

2020年2月 5日 (水)

真理と愛(4節から)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙二4節から11節です。

 

●4節.あなたの子供たちの中に、わたしたちが御父から受けた掟どおりに、真理に歩んでいる人がいるのを知って、大変うれしく思いました。

 

「真理に歩んでいる人」ですが、「歩んでいる」ですから日常の生活そのものを指していて、単に真理を知っているというだけでなく、真理の中を生きているということでしょう。

 

長老ヨハネは、「選ばれた婦人」によってキリストに導いた人々が、真理のうちを歩んでいる(イエスの御霊、聖霊と共に歩んでいる)のを知って、非常に喜んでいるのでしょう。

 

●5節.さて、婦人よ、あなたにお願いしたいことがあります。わたしが書くのは新しい掟ではなく、初めからわたしたちが持っていた掟、つまり互いに愛し合うということです。

 

「婦人よ、・・お願いしたい」と長老ヨハネは、命令するのではなく、お願いしています。

 

 

続きを読む "真理と愛(4節から)" »

挨拶(1節から)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙二1節から3節です。

 

●1節.長老のわたしから、選ばれた婦人とその子たちへ。わたしは、あなたがたを真に愛しています。わたしばかりでなく、真理を知っている人はすべて、あなたがたを愛しています。

 

ヨハネの手紙二は一章分しかありません。

 

第二の手紙と第三の手紙は、第一の手紙で語られていたことを、具体的な例を挙げて語っています。テーマは真理でしょう。
「長老」というのは、著者ヨハネのことでしょう。

 

「選ばれた婦人」は誰であるか分からないそうです。

 

続きを読む "挨拶(1節から)" »

2020年2月 2日 (日)

永遠の命(5章)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙第一第5章13節から21節です。

 

いよいよこの手紙の最終回です。

 

ここでは、この手紙を書いてきた手紙の意図をまとめています。

 

長老ヨハネは、イエス・キリストを信じている者たちが集うヨハネの共同体に宛てて書いています。

 

長老ヨハネが、この手紙を書いたのは、ヨハネの共同体に集う者に自分たちは既に永遠の命を持っていることを確信させるためだと思います。
自分たちの確信は時にゆらいだりする弱い者ですが、それでも神の子とされている自覚を新たにして、立ち直って前進して行かなくてはなりません。

 

神の子イエスを信ずるとは、過去のイエスでなく、今生きて働いておられる御方との人格的交わりに生きることだと言っています。

 

●13節.神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです。

 

この手紙を書いた意図と内容をまとめています。

 

 

続きを読む "永遠の命(5章)" »

2020年1月30日 (木)

イエス・キリストについての証し(5章)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙第一第5章6節から12節です。

 

ここでは、イエスを神の子と信じる根拠となる、神ご自身の御子についてなされた証しが取り上げられています。

 

●6節.この方は、水と血を通ってこられた方、イエス・キリストです。水だけではなく、水と血によってこられたのです。そして、“霊”はこのことを証する方です。“霊”は真理だからです。

 

イエス・キリストは、水だけでなく、水と血とを通ってこられたと強調しています。

 

これはこのとき共同体の中で仮現論を唱える信者が出てきたので、つまり、イエスが十字架にかけられる直前に聖霊はイエスを去ったとする説ですが、それに対する反論だと思われます。

 

「水だけではなく、水と血によってこられた」の水とは洗礼のことで、水で洗礼を受けることは、霊で罪を洗い潔めることの象徴としてなされます。

 

主イエスは洗礼者ヨハネから水の洗礼を受けて公生涯に入られました。

 

罪のない神の子が罪の赦しの象徴である水による洗礼を受けられたということは、その後の十字架の死がわたしたちのためであったように、その水による洗礼もわたしたちのためであったのだと思います。

 

 

続きを読む "イエス・キリストについての証し(5章)" »

2020年1月27日 (月)

悪の世に勝つ信仰(5章)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙第一 第5章1節から5節です。

 

ここで著者ヨハネは、イエスをキリストと信じる信仰こそ、世に打ち勝つ力で、勝利であると語ります。

 

長老ヨハネにおいて世とは、神に背き、神に敵対する霊的な力が支配する闇の世界です。

 

神は命ですから、神から離反している領域は命のない世界、死の領域にほかなりません。

 

その闇の支配から救い出されて光りと命の領域に移ることが救いということだと思います。

 

こういう風に理解すると、世に打ち勝つと表現されているのはこの世から救いだすと言うように取れます。

 

神が救いだすのですから、人間の力と努力で世に打ち勝つ、救い出すことはできないのです。

 

命と光りの領域から遣わされてこの世にこられたイエス・キリストを信じ、その方に合わせられることによって、その御霊の働きにより、世の支配を脱し光りと命の領域に移ることができる(ヨハネの福音書第6章29節)ということでしょう。

 

 

続きを読む "悪の世に勝つ信仰(5章)" »

2020年1月24日 (金)

偽りの霊と真実の霊(4章)

聖書の箇所は、ヨハネの手紙第一 第4章1節から6節です。

 

ここでは、長老ヨハネは、共同体から出て行かなかった、残った者に語っているのでしょう。

 

長老は、御子イエス・キリストとの親しい交わりとそこに生まれる神に対する意識は、「御霊によって知る」と言っています。

 

●1節.愛する者たちよ、すべての霊を信じるのではなく、神から出た霊かどうかを吟味しなさい。多くの偽預言者が世に出てきているからです。

 

「すべての霊を信じるのではなく」と言うのは、その霊が神から出たものかどうか見分ける必要があると説きます。

 

霊の働きがあっても見境なく身を委ねるのではなく、神からの霊かどうかを確かめる必要があると言っています。

 

霊にも種類があるのですね。

 

偽預言者の霊というのは、悩みを抱える魂を誘惑し、支配下に追い込み、闇と死の支配下に追い込む霊です。それは反キリストの霊、悪霊です。

 

●2節.イエスが肉となって来られたということを公に言い表わす霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊かどうかがわかります。

 

 

続きを読む "偽りの霊と真実の霊(4章)" »

その他のカテゴリー

無料ブログはココログ

最近のトラックバック