<セイルの子孫>
聖書の箇所は、36章20節から30節です。
聖書の民でないセイルの子孫を聖書に記しているのは、8節に「エサウはこうして、セイルの山地に住むようになった。」とありますから、エサウはセイルに移住した時に、土着の民フリ人を支配下に置いたからだと思います。
●20節.この土地に住むフリ人セイルの息子たちは、ロタン、ショバル、ツィブオン、アナ、
●21節.ディション、エツェル、ディシャンである。これらは、エドム地方に住むセイルの息子で、フリ人の首長たちである。
●22節.ロタンの息子たちは、ホリとヘマムであり、ロタンの妹がティムナである。
●23節.ショバルの息子たちは、アルワン、マナハト、エバル、シェフォ、オナムである。
●24節.ツィブオンの息子たちは、アヤとアナである。アナは父ツィブオンのろばを飼っていたとき、荒れ野で泉を発見した人である。
●25節.アナの子供たちは、ディションとアナの娘オホリバマである。
●26節.ディションの息子たちは、ヘムダン、エシュバン、イトラン、ケランである。
●27節.エツェルの息子たちは、ビルハン、ザアワン、アカンである。
●28節.ディシャンの息子たちは、ウツとアランである。
●29節.フリ人の首長は次のとおりである。首長ロタン、首長ショバル、首長ツィブオン、首長アナ、
●30節.首長ディション、首長エツェル、首長ディシャン。以上がフリ人の首長であり、セイル地方に住むそれぞれの首長であった。
<エドムの王国>
聖書の箇所は、36章31節から43節です。
●31節.イスラエルの人々を治める王がまだいなかった時代に、エドム地方を治めていた王たちは次のとおりである。
36章1節に「エサウ、すなわちエドム」とありますから、エドム王国とはエサウ王国のことで、イスラエルにまだ王がいなかった時代にエドム王国には、すでに王がいたのでしょう。
イスラエル人は、紀元前1000年頃に王を持ち始めたそうですから、それよりも前だったと言うことです。
以下、そのエドム王国の王たちの名が記されています。
●32節.エドムで治めていたのは、ベオルの息子ベラであり、その町の名はディンハバといった。
●33節.ベラが死んで、代わりに王となったのは、ボツラ出身でゼラの息子ヨバブである。
●34節.ヨバブが死んで、代わりに王となったのは、テマン人の土地から出たフシャムである。
●35節.フシャムが死んで代わりに王となったのは、ベダドの息子ハダドであり、モアブの野でミディアン人を撃退した人である。その町の名はアビトといった。
●36節.ハダドが死んで代わりに王となったのは、マスレカ出身のサムラである。
●37節.サムラが死んで代わりに王となったのは、ユーフラテス川のレホボト出身のシャウルである。
●38節.シャウルが死んで、代わりに王となったのは、アクボルの息子バアル・ハナンである。
●39節.アクボルの息子バアル・ハナンが死んで代わりに王となったのは、ハダドである。その町の名はパウといい、その妻の名はメヘタブエルといった。彼女はマトレドの娘で、メ・ザハブの孫娘である。
●40節.エサウ系の首長たちの名前を氏族と場所の名に従って挙げれば、首長ティムナ、首長アルワ、首長エテト、
●41節.首長オホリバマ、首長エラ、首長ピノン、
●42節.首長ケナズ、首長テマン、首長ミブツァル、
●43節.首長マグディエル、首長イラムである。以上がエドムの首長であって、彼らが所有した領地に従って挙げたものである。エサウは、エドム人の先祖である。
40節からは、「エサウ系の首長たちの名前」が列挙されており、最後43節に「エサウは、エドム人の先祖である。」と再び確認するように記されています。
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