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2024年2月10日 (土)

エサウとヤコブの誕生(創世記25章)

聖書の箇所は、25章19節から26節です。
●19節.アブラハムの息子イサクの系図は次のとおりである。アブラハムにはイサクが生まれた。
●20節.イサクは、リベカと結婚したとき四十歳であった。リベカは、パダン・アラムのアラム人ベトエルの娘で、アラム人ラバンの妹であった。

 

「パダン・アラム」は24章10節では、アラム・ナハライムと呼ばれています。シリアの一地方です。
イサクは、そこに住んでいたいとこのベトエルの娘、リベカと結婚しました。この人たちが「アラム人」と呼ばれています。アラム人はのちにシリアのダマスコを中心にアラム王国を築き、イザヤ書ではユダ王国と戦っています。

 

●21節.イサクは、妻に子供ができなかったので、妻のために主に祈った。その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった。

 

アブラハムの妻サラは不妊の女と呼ばれ、イサクの妻リベカも、不妊に悩んでいました。
そして両者とも主の恵みによって子を授かります。

 

 

それにしても、リベカが身ごもったのは結婚して20年たってからの事でした。
イサクが主に祈る(21節)まで、それだけの期間がかかりました。

 

これだけの時間を待ったということは、彼は自分が約束の子だという身分を知っていたのでしょう。
イサクは、父アブラハムから信仰を受け継ぎ、主の約束を信頼していたので、ここまで待ったのでしょう。

 

いや、逆に主がイサクの信仰を確かめるためにリベカの胎を閉じてイサクが主を求めるようにされたという見方もありますが、そのようなときに、イサクは妻のために主に祈ったので、「その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった。」のです。

 

このように、祈りによって誕生したことが強調されています。

 

●22節.ところが、胎内で子供たちが押し合うので、リベカは、「これでは、わたしはどうなるのでしょう」と言って、主の御心を尋ねるために出かけた。
●23節.主は彼女に言われた。
「二つの国民があなたの胎内に宿っており
二つの民があなたの腹の内で分かれ争っている。一つの民が他の民より強くなり兄が弟に仕えるようになる。」

 

双子の兄弟の上下関係が逆転すると言っているのでしょう。
双子の子どもたちが彼女の腹の中でぶつかりあっているので、彼女は、「これでは、わたしはどうなるのでしょう」と言って、「主の御心を尋ねるために出かけ」ます。

 

主は彼女に仰せられた。「二つの民があなたの腹の内で分かれ争っている。一つの民が他の民より強くなり兄が弟に仕える」というものでした。

 

ポイントは、兄が弟に仕えるということです。
この啓示をイサクは知っていたのかどうかは知りませんが、この啓示を知らされたリベカは、弟ヤコブを偏愛しました。父イサクも別の理由でエサウを偏愛しました。

 

●24節.月が満ちて出産の時が来ると、胎内にはまさしく双子がいた。
●25節.先に出てきた子は赤くて、全身が毛皮の衣のようであったので、エサウと名付けた。

 

「毛衣」の「毛」は、ヘブライ語でセアルと言い、これはエサウとその子孫が後に住むことになるセイル(死海の南方、36章8節)に結びつくとのことです。
また「赤」はアドモニであり、これはエサウの別名エドムに結びつくとのことです。

 

●26節.その後で弟が出てきたが、その手がエサウのかかと(アケブ)をつかんでいたので、ヤコブと名付けた。リベカが二人を産んだとき、イサクは六十歳であった。

 

まず、最初に思ったのは、双子の一方がもう一方の踵をつかむことなどあるのでしょうか。
踵はアケブというらしく、ヤコブにつながるそうですが、弟が兄の踵をつかんで兄の自由を制限しているというのは、「年上の者(エサウ)が年下の者(ヤコブ)に仕える」ということを暗示しているのでしょうか。

 

双子の子供が生まれます。最初に出てきた子はエサウ、後から出てきた子はヤコブと名付けられます。
最初に出てきたエサウは、「赤くて、全身が毛皮の衣のよう」(特徴と性格は「巧みな猟師、野の人となり(野に親しむという意味)」)であったので、エサウと名づけました。

 

そのあとで弟ヤコブが出て来ますが、その子の手はエサウのかかとをつかんでいたので、その子をヤコブと名づけました。
ヤコブは「穏やかな人」(岩波訳は「非のうちどころのない人」と訳しています)とあります。

 

ヘブル語は形容詞の「ターム」で、「完全な、純真な、潔白な、穏やかな、温和な」と訳せて、それは道徳的な意味ではなく、神に対して持っている心の態度において完全という意味だということです。

 

いずれにしても、エサウとヤコブは対照的な性格であったと言えます。
イサクは彼らを生んだとき、六十歳でした。

 

こうしてみると、エサウは、強くてたくましく、弟のヤコブは、エサウのかかとをつかんでいたので、エサウから祝福を掴み取るものということでしょうか。

 

ところが、ヘブライ人への手紙11章9節では、「信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。」と、ヤコブがアブラハムとイサクと並んで信仰の人として紹介されています。

 

そして、同12章16節で、「また、だれであれ、ただ一杯の食物のために長子の権利を譲り渡したエサウのように、みだらな者や俗悪な者とならないよう気をつけるべきです。」

 

エサウは長子の権利を弟ヤコブに一杯の食物のために渡したのです。それを、「みだらな者や俗悪な者」としています。

 

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