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2024年2月26日 (月)

イサクとアビメレクの契約・エサウの妻(創世記26章)

<イサクとアビメレクの契約>
聖書の箇所は、26章26節から33節です。
●26節.アビメレクが参謀のアフザトと軍隊の長のピコルと共に、ゲラルからイサクのところに来た。

 

たしかアブラハムとアビメレクとの間でも、21章22節に「そのころ、アビメレクとその軍隊の長ピコルはアブラハムに言った。」とあり、同じフレーズで話は続きます。

 

そうすると、ピコルは今も生きていることになります。

 

●27節.イサクは彼らに尋ねた。「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか。」

 

アビメレク(ゲダル地方のペリシテ人の王)は、「参謀のアフザトと軍隊の長のピコルと共に」イサクのところにやってきました。
参謀と軍隊の長がお供しているのは、軍事的な理由なのでしょう。

 

 

 

イサクは彼等に、「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか。」と尋ねます。

 

●28節.彼らは答えた。「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。
●29節.以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。あなたは確かに、主に祝福された方です。」

 

アビメレクらは、イサクと平和条約を結ぼうとしています。
「我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたい」です。

 

その理由が、「主があなたと共におられることがよく分かった」です。
こうして、イスラエル民族とペリシテ人との平和条約が結ばれるのですが、両民族はどちらも先住民カナンを侵略してパレスティナに住みだした民族です。

 

しかし、アビメレクたちは、イサクの背後に主が控えていることを指摘しているのですが、どこまで理解しているのでしょうか。
当時は、国によって信じる神が違い、その国が信じる神が国の支配に大きな力を持っていましたから、そういうこともあるかもしれません。

 

●30節.そこで、イサクは彼らのために祝宴を催し、共に飲み食いした。
●31節.次の朝早く、互いに誓いを交わした後、イサクは彼らを送り出し、彼らは安らかに去って行った。

 

そこでイサクは、彼らアビメレクらのために「祝宴を催し、共に飲み食いし」、次の日に「互いに誓いを交わした後」.イサクは彼らを送り出します。

 

●32節.その日に、井戸を掘っていたイサクの僕たちが帰って来て、「水が出ました」と報告した。
●33節.そこで、イサクはその井戸をシブア(誓い)と名付けた。そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。

 

彼らを送り出したその日に、「井戸を掘っていたイサクの僕たちが帰って来て、」イサクに、掘っていた井戸から水が出たことを告げます。
そこでイサクは、その井戸を「シブア(誓い)と名付けた。そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。」のです。

 

「シブア」は「誓い」という意味で、ヘブライ語で井戸はベエルですから「ベエル・シェバ」は「誓いの井戸」という意味になります。
その町は、パレスティナ南部のネゲブ砂漠の北端に接する町です。

 

<エサウの妻>
聖書の箇所は、26章34節から35節です。
●34節.エサウは、四十歳のときヘト人ベエリの娘ユディトとヘト人エロンの娘バセマトを妻として迎えた。

 

「ヘト人」は、紀元前1600年頃にアナトリアの北中部に位置するハットゥシャを中心とした帝国を樹立する上で重要な役割を果たしたアナトリア人で、アナトリアを中心に大帝国(慣習的にヒッタイト帝国)を築いた民族ということです。

 

「ベエリ」は「井戸」、「ユディト」は「ユダの女」、「エロン」は「樫」、バセマトは「バルサム香」という意味だそうです。

 

●35節.彼女たちは、イサクとリベカにとって悩みの種となった。

 

ヘト人というのは、23章にもヘブロンの住人として出て来ましたが、世界史でいうところのヒッタイト人のことだそうです。

 

「悩みの種となった。」のは、27章46節にもあるように、イスラエル民族は異邦人(へと人)を嫌っていたこともありますが、イスラエル人がどの妻をめとるかは、神の子孫を祝福するという約束を相続するものにとって非常に重要な事です。

 

それなのに、主のことを何も知らない、いや、知ろうともしないヘト人を妻にめとることは、神にたいする冒涜のなにものでもありません。
エサウは、このように人間的に妻を選ぶ、神に無関心(神の約束に無関心)な人物であったのでしょう。

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