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2018年6月10日 (日)

恐るべき者(ルカ12章)

聖書箇所は、ルカの福音書12章4節から7節です。

共観福音書の並行個所はマタイの福音書第10章28節から31節です。

●4節.「友人であるあなたがたに言っておく。体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない」。

イエスは弟子たちのことを、親しみをこめて友人と言っておられます。

「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者ども」とは、強い者、とくに権力をもつ人間を指しているのでしょう。

権力者は、イエスの弟子を迫害し、裁判にかけ、殺すこともできますが、体(肉体)を殺すこと以上のことは何もできません。

肉体はこの地上にいているときにだけ必要なものだからです。

肉体が滅びた後の霊の世界でどのように生きるかがわたしたち人間の本当の姿だということでしょう。

「それ以上何もできない者どもを恐れてはならない」いうのは、イエスの弟子として、それゆえこの世では迫害されるが、霊の命まで殺されることはないから、迫害を恐れてはならないということでしょう。

ルカの福音書第12章8節には「言っておくが、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、・・」となっていますから、この言葉は、イエス亡き後の今日に至る代々の弟子たちにも言っておられるのだと思います。

事実、キリスト者はイエスの時代から今日に至るまで激しい迫害のなかでイエスの言葉を伝えてきました。

現在でも、キリスト者を迫害する国があると聞きます。

人々の前で自分をイエスの仲間であると言い表す者はその時代の権力者(イエスを殺した同じ時代の)に憎まれ、裁判にかけ、殺されることもある。

しかし、恐れることはない。 彼らは体を殺す以上のことは何もできないのだから、とイエスは言って弟子たちを励まされます。

●5節.「だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい」。

「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者ども」を恐れることはないが、本当に恐れるべき方は、「殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方」である、とイエスは言われます。

この言葉は、肉体の生死の問題以上に重大な問題があることを指し、それは、死んだ後に神の栄光にあずかるようになるのか、神から切り離された絶望と暗闇の世界、すなわち 「地獄」に墜ちるのかの問題だと言っておられるのでしょう。

恐れるべき方は、それを決める権威のある方(いわゆる神)だと言っておられます。

この箇所は、イエスは、神が裁かれる終わりの日の時点から、現在の迫害を見ておられるのでしょう。

●6節.「五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。

解説によると、アサリオン(銅貨)はローマの通貨で、一デナリオン(ほぼ労働者一日の賃金)の一六分の一に相当するそうです。

五羽で二アサリオン(マタイでは二羽で一アサリオン)で売られている雀は、貧しい者たちにとって手軽に買える食料の代表格であったということです。

そのように安い雀さえも、神の配慮から漏れることはない、とイエスは言われています。

マタイは「その一羽さえ、父の許しがなければ地に落ちることはない」(マタイの福音書10章29節)と表現しています。

つまり、どのように小さいことも神の配慮の中にあることをイエスは教えておられるのでしょう。

さらに「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている」(7節)という表現を使われて同じことを語られています。

そうすると、神はわたしたちがすることをこと細かく監視して、厳格に対処されているようですが、そうではなく、神はどのように多くの群衆の中であっても、その中の小さい一人をも見落とすことなく、監視ではなく見ておられて、すべての状況を知って、配慮しておられると言っているのだと思います。

●7節.それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」。

ここは「雀」と「髪の毛」のたとえを使っての励ましの言葉でしょう。

「恐れるな」ですから、イエスを仲間と言い表す者が迫害に遭う時に勇気を出させるための励ましの言葉であると思います。

一羽の雀をも配慮する神が、たくさんの雀よりもはるかにまさっているあなたがたをお忘れになるようなことはないと言っておられます。

人間はこの地上の世界では特別な存在なのでしょう。

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