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2018年5月 6日 (日)

一人の若者、逃げる(マルコ14章)

聖書箇所は、マルコの福音書14章51節から52節です。

共観福音書の並行個所はありません。

●51節.一人の若者が、素肌に亜麻布をまとってイエスについて来ていた。人々が捕らえようとすると、

●52節.亜麻布を捨てて裸で逃げてしまった。

「一人の若者」とは誰を指すのでしょうかは、調べてみても、よくわかりませんでした。弟子の一人であることは間違いないでしょう。

しかし、若者となっていますから、弟子の中で若者と言えば、ヨハネを思い浮かべます。

この若者は、自分は子供だから逮捕されないと思ったのか、イエスを逮捕するために軍隊あるいは群衆が出動したのを察知して、急いで「素肌に亜麻布をまとって」家を飛び出してきて、イエスの一行に加わっています。

なお、52節の「裸」というのは、本当に素っ裸ではなく、下着だけの場合を指すそうです。

それでは、なぜ、あまい意味のなさそうなこのような短いエピソードをわざわざ挿入したのでしょうか。

わたしたちでも、自分の恥ずかしい過去の行いを堂々と人に言えなくても、小説を書くとかエッセーを書くとか何か機会があれば自分の名前を伏せて,贖罪の気持ちを込めてそのことを書こうとすることがあります。

だから、この若者のエピソードもこの福音書の著者がこの福音書の中に自分の体験を贖罪の気持ちを込めて書きこんだのではと言う説が有力です。

そうであるならば、先にわたしはこの若者がヨハネではないかと書きましたが、この若者はこの福音書の著者マルコの可能性もあると思うのです。

イエスの十字架は紀元32年頃とすると、そのときに20才前の「若者」は、この福音書が著わされたのが紀元70年前後には60歳近くなっています。

それならば、マルコが自分の恥部をあからさまにしたことになりますので、自分の恥部を人にわざわざ知らせるバカはいないので、それをあえて記入したと言う事は、マルコもペトロと同じように、このエピソードを書くことにより、自分たちがどうしょうもない罪人であることを告白しているということになります。

そういう意味で、このエピソードは事実あったことだと思います。

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