忍耐は練達を、練達は希望を生む
ローマの信徒への手紙5章3節から5節
●3節.そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、
●4節.忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
●5節.希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
耐えることは大切だと思います。耐えることを知らないから、耐えることができないから罪(犯罪)を犯す。罪を犯せば希望が遠ざかる。
「忍耐は練達を、練達は希望を生む」とあります。耐えることは苦しいが、耐えていれば神様は希望と言うご褒美を下さる。そう、それは約束だから、必ず下さるのです。
おかれた境遇が不幸ならば、その境遇を少しでも良くしょうと努力するのは良いが、満足と思う心は人それぞれ違うものだし、所詮完全に満足するようなことはないのだから、足るを知り、耐えることも必要ではなかろうか。
他者に不満を言って、他者の責任にして逃げている限り何も生まれない。何も自分の身につかないのだと思う。
わたしたちは、苦難に遭遇した時それを避けることができれば避けたいが、神は人間に耐えて生きるように求められている。
と同時に、耐えられないような苦難を与えないとも言われている。
この世の中は本当に不法がはびこり、不条理が罷りとおっている。
この世は神様が支配されていなかったら暗闇だ。神様がおられるから、支配されているから、忍耐すれば希望があると言える。
神様を知らない人は、どうすればこの世に希望をもてるのだろうか。
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